1-2 やっぱり魔女様の勘違いでは、恐れ多いけれど

「先生、占いというのは魔力がなければできないものなのでしょうか」

「当たり前だよ。占いってのは未来の香りを嗅ぎ分ける行為だ」

「未来の香り?」

「ああ。例えばこの紅茶、とてもいい香りがするだろう? なんの香りかわかるかね?」

「ええと、茶葉は多分ファウエル王国のあたりの香りがします。それからナランハの実を乾燥させたものがまざってる、ような」


 ナランハというのはオレンジのような柑橘系の木の実だ。確かにそんな香りがした。占い師はその茶葉を給仕に尋ねると、確かに『蜜柑と夏の雨』の魔女様の領域であるファウエル王国ノリル地方の茶葉で、特級のナランハの皮が香り付けに使われているそうだ。

「さすが料理店の娘だな。私にはそこまではわからない。つまりそういうことだ」

「どういうことでしょう?」

「お嬢ちゃんはこの香りの中からその匂いを嗅ぎ分けたのだろう? 私ら占い師は魔力の流れの中でその先の未来を嗅ぎ取るんだ。だから、魔力が感知できなければ話にならない。お嬢ちゃんは嗅覚がないのに紅茶を嗅ぎ分けようとしているのも同じなのさ」

 その言葉はとても納得できるとともに、占い師に至る未来は絶望的に思われた。

 実際の占い師にそこまで言われたわけなのだから、教会で魔女様にお尋ねしてもバチは当たらないだろうと思う……。だって、占い師になる方法が全くわからないんだから。


 魔女様に質問する。それは普通では考えられないほど恐れ多い行為。

 だから私と父さんが昨日ぶりに教会に舞い戻ったとき、奇妙な緊張を覚えて思わず手を繋いでいた。そして繋いだ父さんの手も、僅かに震えていた。

 いつもは清廉さと親しみやすさを覚えている街の中心にある教会は、その豪奢な尖塔の影を長く伸ばしてその巨大さで私たちを威圧しているように感じられた。

 けれども私たちの訪れは既に予想されていたのか、にこやかな使徒に迎え入れられ、奥の間に通された。

「マイヤースさん、私も辻占いというものを調べてみたのですが、これまでこの領域の魔女様の記録で『辻占い』という職業が示されたことはありませんでした」

「では、やはり魔女様が間違」

「メイさん。魔女様が間違うことはありません。何故なら魔女様はこの領域の全てを把握されているからです」

 食い気味の使徒のやや狂信的な視線にどきりと心臓が跳ねた。灰色の短髪と青い瞳から導かれる表情はにこにこと柔和に見えるけれども、目が全く笑っていないことに背筋に一筋、汗が流れた。


「不心得者がそのような噂を流すことがあると聞きますが、嘆かわしいことです」

「けれども、占い師の先生に聞いても私は占い師になれないのだそうです。私には占いをするための魔力がないのです」

「それはきっと、何か勘違いがあるのです。魔女様は絶対です。メイさんの幸せのために魔女様が示された道なのですから、そのような言葉に惑わされてはなりません」

「使徒様、娘が占い師になる方法がわかりません。魔女様のご指示に従うことは不可能ではないのでしょうか」

「大丈夫です。昨日のうちに、この街の皆にメイさんが辻占いになるので協力して欲しいと周知いたしました」

 私と父さんは真っ青になった。

 取りつく島がない上に、退路が断たれた。

 このままでは私は出来もしない占い師にされかねない。そうするとどうなるの?

 それってつまり、詐欺師なのでは。これまでの今世を考えても、私に予知能力なんてない。捕縛される未来しか見えない。

 愕然として慄いていると、使徒は私たちの目の前のカップに温かな緑色の液体が注いだ。途端にふわりと緑の香りがして、少しだけ気分が沈静する。多分薬草茶だ。


「お気持ちはお察し致します。少しは落ち着いてください。ようはメイさんはご実家のお手伝いをなさりたいのでしょう?」

「お手伝いといいますか、調理師になって実家を継ぐつもりでした。それに後取りは私しかいません」

「魔女様のご指示は絶対ですが、人の人生のすべてを規定するわけではありません」

 使徒はそれまでと違って柔らかく微笑み、自らのステータスカードを私に示した。そこに書かれていた驚くべき内容に私と父は目を見張った。

 『ルヴェリア王国フラクタの使徒』

 職業どころではない。そこには場所まで指定されていたのだ。


「私がこのステータスカードを手にした時、絶望しました。私は行商人の二男で、これまで信仰心など持ち合わせていませんでした」

「それは……使徒様もご家族も突然なことで大変でしたでしょう」

「ええ。ですからマイヤースさんのお気持ちはよくわかります。私も行商を生涯の仕事と定め、旅空こそが私の人生と思っておりましたから」

「その、使徒様とご家族はどうなされたのでしょうか」

 これまで使徒は行商人となるべく暮らしていた。なのに一転、使徒になれという。使徒とは魔女の声を聞き、民に伝える役割だ。一旦使徒になればその街を離れる事は無い。一生を教会と狭い範囲で過ごす。つまり、それ以前の生活とは全く異なってしまう。

 それでも魔女様のご指示は絶対だ。だから使徒の両親は嫌がる使徒を泣く泣く教会に置き去りにし、旅だった。

 その直後の使徒は絶望に暮れ、何も手につかない状態だったという。けれども使徒は元来真面目であり、かつ不真面目であった。教会での生活を学びつつ、元の生活について考えた。


 フラクタは港町だ。ここには世界の各地から様々な事物が訪れる。その中には商材となりうるものが大量に含まれている。その一部は確かにルヴェリアに流通するものの、多くはフラクタの街を素通りし、再び世界に運び出さていく。

 使徒は行商人としての立場で考えた。自身が行商人であればいったいどうするか。

「ルヴェリアで売れるものをここで買い集め、丸ごと私の家族に行商を任せれば、ここにいながら大きな商売ができるのです」

「……」

「フラクタに何が運ばれて来るかはその時々によりますが、私は家族の動きとどの時期に何が売れるかをこれまでの経験で把握してありますから、大儲けです」

 そう述べて使徒はニコリと微笑んだ。

 えげつない。ここは港町フラクタ。

 商人にとってはこの街は大きなチャンスだけれど、いつここに何が運ばれるかわからない。だから直接外国商船とではなく、商材を保管するこの街の商店で買付を行うのだ。

 そこを使徒の家族の行商だけは、商店を通さず、使徒が教会内に買い集めた商材をほぼ原価で買い、いつ来るかわからない外国行きの商材を教会に預けて良い値段で代理で売り捌いてもらうことができる。

 もう一度言う。えげつない。そのえげつなさは、前世で経済の仕組みを理解しているメイの心に染みた。


「あの、使徒様。そんなことをしても良いのでしょうか」

「何故です。使徒はその教会の代表です。しかも私は魔女様のご指示で使徒となりました。何を憚ることがありますか。それに余剰金を教会の拡張や補修に充てているのですから、文句を言われる筋合いはありません」

「はぁ」

「それで私があなた方に伝えたかったことは、魔女様のご指示は解釈のしようがあるということです」

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