1-1 占いについての将来設計なんて全然ないわけで

 その夜。早速家族会議が開かれた。

 その日の営業は家族みんなが気もそぞろで、私は3回ほどグラスを取り落とし、料理人の父さんは2回程ソースを掛け違えて、母さんは1回計算を間違えた。

 その後居間に集まってはみたけれど、沈痛な雰囲気というより、混乱の方が大きい。いつも通りざぷんと聞こえる海の音だけがなんとか私たちを正気に、日常に保っていた。

 一体何故こんなことになったんだろう。

 占いなんて一体どこから沸いて出たの。皆目検討がつかなかった。

「ねぇメイ。あなた本当は占い師になりたかった……なんてことはないわよ……ね?」

「あるわけないよ、母さん。それに私、占い師なんて会ったことがない……んだから想像がつかないんだけど。えっとどんな仕事なの?」

「占い師か。この街にもいるにはいるが、父さんも母さんも会ったことはないな」


 この街は港町だ。

 両親に聞く占い師というのは、よい航海を行うのに適する海路、つまり海賊やモンスターの少ない航路を占ってもらったりするもので、験担げんかつぎ的なところが大きいらしい。他に聞くのは例えば領主様がその領地を治めるための方針の参考にするために招聘しょうへいするもの、らしい。いずれにしても私たちの生活からはかけ離れすぎている。

 そしてどうやって占い師が占いをするのかはわからないけれど、やはり師匠について占いを習うそうだ。その内容は秘匿されていてさっぱりわからない。父さんが聞いたところでは占いの際には何らかの呪文を唱えているそうだから、きっと魔法で占っているのだと思う、らしい。

 全て又聞きで、根本的に両親も占いや占い師を見たことがなかった。


「あの、父さん、母さん。私には無理だと思うの。魔法使えないし」

「そう、だよな。けれどもステータスカードに書かれていることが間違い、の、はず、が、ない……よな?」

「それに辻占いっていうのは、何?」

「私も聞いたことがないわねぇ。辻ってことは道端で占う、のかしら。占いを?」

 そもそもこの世界に『辻占い』という職業はなさそうだった。

 前世の私の記憶で辻占いというと、道沿いに机と怪しげな四角いライトをおいて座っている人たちだ。占われたい人がその前の席に座り、占い師が占う。

 この世界に転生してから、私自身も道路で占いをしている人なんて見たことがない。そうすると、辻占いっていうのは何なんだろう。


「普通はもう少し大雑把な内容なんだけどなぁ」

「そうなの?」

「ああ。父さんは料理人と漁師、それから船乗り、商人が出た」

「母さんは、商人、女中、教師、ええとそれから……詩人」

「え、詩人? 母さん詩を作れるの?」

「その、若い頃は好きだったの。けれども普通はこんな感じで大雑把に示されてるものなの」

「それにこれまでの生活や環境なんかも影響される。父さんはこの料理店を爺さんから引継いだ。だから一番に料理人があって、それから友達に漁師や船乗りが多いからきっとそれが出て、商売柄繋がるから商人が出たんだ。こういう職業ならついても上手くいくから」

 私は手の中の小さな名刺大のカードを再び見つめる。

 そこには『辻占い』以外に何もかかれていなかった。透かしても温めても。

 この職業の記載もそもそもおかしい。普通は例えば海鮮料理人とか雑貨商人とか、そんな指定があることもほとんどないらしい。だからきっとあったとしても『占い師』とかになるはずで、父さんも母さんも、『辻占い』なんて誰も聞いたことがない職業が乗るのを聞いたことはないらしい。


「ねぇ、そもそも私がその、占い師になれるとは思えない、んだけど、そうだよね」

「けれども魔女様が間違うはずがない。……幸いなことに明日は休みだ。伝手を頼って何とか占い師に会えるように取り図ろう」

 父さんの額には、ようやく苦悶が覗き始めた。このステータスカードが示す未来は、私だけでなく私の家族とこの料理店の未来をも全て覆すものだ。私は一人っ子で、いずれは婿を取る予定だった。私がこの店を継がなくては、このままでは祖父が始めたこの店が父の代で絶えてしまう。こんなにみんなに愛されて、繁盛しているのに。

 その事実が、話し合いを続けるうちに、じわじわと私たち家族の間に浸透する。

 私が店を継がないなんて、そんな未来は誰も想像もしていなかった。明日は調理師になるお祝いに、コックコートやシェフ帽、それから包丁なんかの道具を揃えるためのお休みに決めていたのに。


 けれどもこの世界ではステータスカードというのは、例えどれほど疑わしくても正しいはずなのだ。この世界の魔女という存在は前世の神にも等しい存在。そして魔法が存在するこの世界では、前世の神と異なり魔女は確かに実存し、この世界を動かしている。そしてこの手元の小さなカードは、この領域を統べる魔女様がお作りになり、その領民に与えるものなの。だから間違いがあるはずがない。

 だからまず、本当に、万一、占い師になる道があるのか確かめる。それをしないと始まらない。可能性を全て潰さなくては、どこにも相談なんてできやしない。魔女様、つまり神様に『あなた間違ってるんじゃないですか』なんて言いに行けるはずがないんだから。


 そして父さんが商店会の繋がりでなんとかねじ込んだ占い師との面談では、あっという間に結論が下された。

「その子が占い師に? 無理だよ」

「は? あの」

「だってあんた、魔力を感じ取れないだろ? 魔力回路がぴくりとも動いていない。いいかい? 魔法を使うには魔力がわからなければ話にならないんだ。お嬢ちゃん、これまで魔力というものを感じたことはあるかい?」

「ない……です」

 その占い師は海商組合の顧問占い師で、それなりの力がある占い師なのだそうだ。海商組合の応接室は豪華で、その占い師も水晶玉は携えてはいなかったけれど、たくさんのキラキラした指輪や飾りをつけていて、まさに占い師っていう感じだった。

 ふくよかな香り溢れる紅茶を恐縮しながら頂きつつ、占い師の次の言葉を待つ。


「ふむ、確かにお嬢ちゃんのステータスカードには『辻占い』とは書いているが、これは占い師なのかい? 辻占いってのは何だ」

「あの、先生もご存知ないのでしょうか」

「辻ってのはあれだろ、道端だろ? そんなところで何を占うっていうんだ?」

「それは私どもにも皆目検討がつかず……」

「ふぅむ。何かの間違いじゃないのかね?」

「間違い?」

 占い師は急に声を顰め、私たちに耳打ちをした。

「ああ。魔女様のご指示も極稀に、本当に極稀に間違うことがある、という噂を聞いたことがある。本当かどうかはわからないがね」

 私たちは驚愕して、ぽかんと口を開けた。

 そしてそれは、藁にもすがる私たちにとって重要な話。

「本当に、そんなことがありうるのでしょうか」

「ない、とは言い切れない。だって私は未来というものは変わりうると思っているからだ。だから魔女様が全てを定めておられるという話に、僅かばかり懐疑的だ」


 いつのまにか私たちの小さな声は少しだけ震えていた。

 未来。確かに未来というものは変わりうる、と思う。けれども魔女の力を疑うなんて、そんな発想はしたことすらなかった。

 魔女の指示が間違う。そんなことがこの世界ではおおよそ信じられないことは、私はこれまでの十年の暮らしで熟知していた。けれどもこの占い師が言うとおり、私は魔力なんて欠片も感知したことがない。

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