職業が占い師縛りなんて全然聞いていないんですけど!

Tempp @ぷかぷか

Prologue.リストランテ・マイヤースの看板娘

「いらっしゃいませ! リストランテ・マイヤースにようこそ!」

「おお、嬢ちゃん。まだ小さいのにもう働いているのかね?」

「ええ! お二人様ですね! こちらのお席にどうぞ!」

 それが私の、小さい頃からの日常だった。


 ここはルヴェリア王国のちょっと端っこの海際の街、フラルタ。

 爽やかな潮風に青く煌めく海、それからもくもくと水平線から立ち上がる真っ白な雲とライトブルーの空、その天頂から燦々と照りつける日差しを反射する白い低層の建物が海沿いに整然と立ち並ぶ美しい街だ。

 私はそこで、料理店の娘として生まれた。


 リストランテ・マイヤース。

 それが私の両親が営む料理店の名前。何人かの従業員を雇う、それなりの規模のお店だ。

 港町ならではの新鮮な海の幸を豪快にグリルしたり、たくさんのハーブと一緒に繊細に煮込んだり、父さんの料理したそのカラフルなお味は、娘の私からしても贔屓目なしで美味しかった。この港町で1,2を争うと言い切れる自信がある。

 小さい頃から記憶力の良かった私は、5歳になったころからお店の注文取りを始め、瞬く間に看板娘になった。それで10歳の誕生日、とうとう教会にステータスカードをもらいに行く日を迎えた。それはたいていの人にとっては夢と希望に溢れた輝かしい記念日。


 この世界では子どもは10歳になると、本格的に働き始める。

 職人さん、たとえば調理人になるのであれば徒弟に入ってその修業を始めるし、ようやく半人前と認められる。これまでのようなお小遣いではなく、安いなりにもお給料も出る。自由に何でも買えるようになるんだ。

 私には特に欲しい物というのはなかったけれど、他の子どもと同じく私はその日を楽しみにしていた。

 つまり、お店で本格的に働けるようになる日。私はマイヤースが大好きだった。たくさんの気のいいお客さんも、テラス席から見える真っ赤な夕焼けも、たまに晴れた夜に落ちる流れ星も、何もかも。

 だから父とともに教会の使徒、ようするに神父のような存在の前に立った時、私は未来をちっとも疑っていなかった。私の適職は料理人か給仕か、きっとそのようなものに違いないと。


 適職:辻占い


「は?」

「どうしたメイ」

「あの、父さん、その、適職が……」

「ステータスカードというのは家族でも簡単に見せるものじゃないんだぞ? お前は調理人か何かだろう? そうで……」

 困惑する父さんにカードを見せると、そのまま絶句し硬直した。

 ステータスカードというのはその人間の将来の可能性を示すものだ。所属する領域によって少し異なるけれど、おおよその能力の傾向や特殊な能力、いわゆるスキルのようなものが備わっていれば、たいていはカードに記載される。

 その中で適職というカテゴリは、その人が持つ能力や、これまでの人生や環境や性格、希望といったものが色々と考慮されて、いくつかの方向性が複数示される。

 だから私や両親も、一番身近で接している調理師や給仕が表示されると思っていた。そして万一それらが全く適さない場合、たいていは役人や商人といったこれまでの生活で関連があった職業がいくつか表示されるもの、のはずだ。


「辻占いって何だ? どうしてそんなわけのわからないものがでるんだ? メイ、お前、占いが得意だったりするのか?」

「父さん、私も意味がわからない。占いなんて友達と花占いをするくらいだし、その、えっと、そもそも占いって何?」

「ひょっとしたら未来予知の特殊な能力や何らかの魔法の力を授かっているとか……」


 そう思ってみたけれど、ステータスカードの表示はむしろ、魔力の素養が全くないとしか思えない。当然特殊なスキルなんて何もなく、かわりに『調理』とか『接客』とか、私がこれまで培っていたスキルが載っている。その事自体は私は予想していた。それなのに、全くそぐわない適職。


 わずかに思いあたる事実に戦慄する。

 誰にも言ってはいなかったけれど、私は転生者だ。前世は地球の日本の神津こうづという町に生まれて、暴走トラックにはねられたのが最後の記憶。

 それで私は今世に生まれたときから既に、前世の記憶を持ち合わせていた。そしてこの世界に魔法というものが存在して、モンスターも冒険者もいる世界だということを寝物語からすぐに理解した。だから私は将来魔法使いになったり、それがダメでも前世の探偵助手の仕事を活かしてシーフか何かになって大冒険ができればとか、まだ見ぬ未来に心をときめかせていた。


 だから私は前世のラノベでたくさん読んだ通り、物心ついた時から必死で魔力というものを鍛えようとしたんだ。けれども魔力なんてものはさっぱりわからなかった。そもそも感知ができないの。眉間に力をいれれば頭が痛くなるばかり。だから魔法の素養というものはちっともないのだろう、そう思って諦めたのが多分6歳のころ。

 それから私にとって戦いや冒険が土台無理だと思ったのは8歳くらいのころ。

 リストランテ・マイヤースのオープンデッキからはきらめく海がよく見えた。そして地球では存在しないような巨大魚が何メートルもの高さの白い飛沫しぶきを上げながら突然波間から飛び出して海鳥をかじり取り、時には海竜のようなものが海を割りさいて街を襲い、多くの冒険者や兵士が傷だらけになりながらも総出でなんとか撃退する姿も。


 つまりまぁ、モンスターと戦うなんて正気の沙汰じゃないんだ。自分の細腕を見ても、あれらと戦える将来なんてちっとも浮かばない。それにシーフってつまり盗賊で、歓迎されるはずはないし、とりたてて手先が器用なわけでもなかった。

 だから冒険者になるっていう夢もいつのまにか自然としぼみ、目の前の美味しいご飯ときれいな景色で、この料理店を継ぐのも悪くないな、と現実的な目線に落ち着いた、つまり諦めきったのが、多分8歳くらいのころ。

 ……確かに、私はこれまでの10年間の半分、以上、は、魔法を使ったり冒険したいと思っていた。思っていたけれども!


「どうすればよかったっていうのよ!」

「メイ……? とりあえず気をしっかり保つんだ。父さんもものすごく混乱している。一度帰って少し相談しよう。この道を必ず選ばなくてはならないわけでもないはずだ、きっと」

 父さんは恐る恐る使徒を見上げ、けれどもどうしていいのかよくわからない空気に居たたまれず、本来喜ばしいはずのステータスカードの授受を葬式のような雰囲気の中で過ごしたまま、逃げ帰った。

 結局その、その誰も予想しなかった『辻占い』という内容に、私と父は固まるしかなかった。けれどもそのステータスカードの記載は私の想像を大きく越えて、そして私の運命を想像もしなかった方向に捻じ曲げたのだ。

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