第20話 ゾディアック教団編11
「シン、ちゃんと聞いているのか?」
「え?」
金属を打つ音。
煤と炎の香りが染みついた鍛錬場。
隣に座って槌を振るっているのは額に手拭を巻いた、僕が最もその姿を見てきた人。
「じいちゃん……?」
「何をボーっとしとるんじゃ、さっさと熱を上げろ」
「あ、う、うん」
言われるがままに
黙々と隣で鍛冶に没頭するじいちゃんの姿をじっと見つめた。
僕は何をしていたんだっけ。
何も……思い出せない。
確か今日は朝ご飯を食べてからずっと鍛錬場に籠っていたんだっけ。
それでじいちゃんに今日も技術を教わってたんだ。
僕達は口を開かない。
炎の弾ける音と槌と金属が打ち合う音だけが静寂に広がる。
僕はこの空間が好きだ。
じいちゃんと一緒に剣を鍛えるこの時間が。
「シン」
槌を振るいながらじいちゃんが声を掛けてきた。
普段は鍛冶中は滅多に口を開かないのに珍しいな。
「なに?」
「お前はどうして剣を鍛える?」
「え? うーん……」
どうして、か……。
物心ついた頃には僕と鍛冶は身近にあった。
詳しくは知らないけど僕の両親は僕が幼い頃に亡くなってしまったらしい。
それ以来僕はじいちゃんに引き取られてずっと二人で暮らしてきた。
じいちゃんは普段は陽気で冗談も言うような人だけど鍛冶をしている時のじいちゃんは違った。
黙々と鉄を打ち、作業に没頭する。
ある日こっそりと鍛錬場を覗いた僕は幼いながらにその剣を鍛えるじいちゃんの姿に憧れた。
それからはじいちゃんが鍛冶を行う時は常に一緒にいた。
初めはただかっこいい姿を見たくて一緒にいたけど気が付いたら僕もじいちゃんみたいに剣を打ちたくなっていた。
「そうだなあ……。やっぱりじいちゃんみたいな
「そうか」
口の端をあげて少し嬉しそうに笑みを浮かべるとじいちゃんは再び槌を振り下ろす。
「だがな、シン」
カーンと甲高い金属音が鳴った。
「それじゃあ儂のような鍛冶師にはなれないぞ」
「どうして?」
じいちゃんは鍛え上げられた刀身を火箸で掴みあげると空中に掲げた。
「――信念の無い刀に魂は宿らない。お前が儂に刀鍛冶を教わりたいと言って来た時、儂が初めに教えた言葉だ。覚えてるか?」
「うん」
僕がじいちゃんのように剣を打ちたいと言ったあの日、じいちゃんは嬉しそうな顔をしていた。
その時じいちゃんが僕に一番最初に教えてくれたこと。
それこそが鍛冶の基本にして秘奥であると。
「確かに儂のような鍛冶師になりたいというのも信念じゃろう。でもな、本当の信念というのはもっともっと焦がれたもののことだ」
「もっと焦がれたもの?」
「そう。今のシンにはまだ難しいかもしれない」
でも、いつかきっとお前にも分かる日が来る。
どんどんとじいちゃんの声がぼやけていく。
意識がぐにゃぐにゃと曲がるような感覚。
最後にじいちゃんの声が聞こえた。
何か困ったことがあればエミリアに聞くといい、きっとお前を助けてくれる。
♢
「じい……ちゃん」
「シン……!」
「え……?」
ふわりと甘い香りが目の前を舞う。
甘くて大人っぽくて、僕が何度もドキドキとさせられた匂い。
いつも起きるとそこにあった香り。
視線を下に向けると僕の胸に顔を埋めるクロエさんの姿があった。
顔が隠れていてよくは見えないがこんな様子のクロエさんは初めて見た。
「あの、クロエさん……。どうしたんですか?」
「どうしたんですかじゃないわ……。シン、もう倒れてから七日もずっと起きなかったのよ?」
「え?」
徐々に頭がクリアになっていく。
部屋を見回す。
僕が寝かされていたのは大きなふかふかのベッド。
近くのテーブルの上にはバスケット一杯の果物が乗せられている。
部屋の中にはクロエさんと僕だけがいた。
どうして僕はこんなところで寝ているんだっけ。
確か僕はクロエさんを助けるためにブラン公爵邸にリディアさんと貉さんと忍び込んで、それで――。
「っ!! あの、クロエさん!」
「な、なに?」
「リディアさんは、リディアさんは無事なんですか!?」
「……あの子なら無事よ。全身に軽い傷を負っていたけど治療を受けてその日の内に寮に戻ったわ」
「そうですか……よかった」
僕達のためにずっと囮役を引き受けてくれていてその後にライオネットとの連戦で少なくない疲労とダメージを負っていたはずだ。
無事で本当に良かった。
ほっと一息つくと下から僕を覗きこむクロエさんの視線が厳しいことに気が付いた。
「あの……どうしてそんなに僕のことを睨むんですか?」
「だって……。貴方の方が重傷なのにあの子の心配ばっかりして……。それに私のことは心配はしなかったくせに」
「え?」
ぼそぼそと僕の胸に顔を押し付けて話していたため、クロエさんが何と言ったのかよく聞き取れなかった。
「それで、もう身体の調子は大丈夫なの?」
「はい。寝て起きたらもうすっかり元気です!」
「そう、良かったわ」
優しく微笑むとクロエさんが僕の頭を撫でる。
慈愛に満ちた表情でそんな風に頭を撫でられ続けると何だかむず痒くなってしまう……。
「あ、あの……」
「あ、ごめんなさい。シンが可愛かったからつい」
「っ!? な、なに言ってるんですか!」
「ふふっ、それだけ元気ならもう本当に大丈夫そうね。私はシンが起きたことをお医者様に報せてくるから少し待っていて頂戴」
「はい……」
何だかこういうのも少し懐かしく感じる。
つい数日前までは日常の一コマのようになってしまっていたが。
「それとこれ」
クロエさんが僕に差し出したのは鞘に納められた蓮華だった。
「あなたのものでしょう? 倒れてからも胸に抱いたまま手放さなくて大変だったわ」
「ありがとうございます」
そっと手渡された蓮華を受け取る。
僕に蓮華を渡すとクロエさんは部屋を後にした。
『
「うん。蓮華も心配かけちゃってごめんね」
『いえ。こうして反動が来ることを承知の上で
僕が七日間も昏倒していた原因は既に分かりきっている。
蓮華が僕に教えてくれた魔剣の力を最大限に引き出す技。
強力な力を得る代償に発動中は莫大な量の魔力を消耗し、精神力と体力を同時に激しく削り取られる。
それ故に長時間の使用は無理で、もし無理をして長時間しようすれば今回の僕のように解除後の反動が大きくなる。
『それでも反動がこれ程までに軽くて本当に良かった』
「え、これでも軽いほうだったの?」
『ええ。恐らく
曰く
僕の認識はかなり甘かったようだ。
魔力器官への後遺症や四肢の運動能力の低下、一部身体器官の機能不全など恐ろしい代償がついてくるのだと。
しかしそれは膨大な魔力消費に術者の魔力量が枯渇し、枯渇したうえで更に魔力を使い続けることで起こってしまうことらしい。
「だから僕はどうにか七日寝込むだけで済んだ……ってこと?」
『はい、
「へぇ……じいちゃんが――」
え……?
おかしくないか、それ。
じいちゃんは確かに大戦の英雄だったのかもしれない。
でもただの
「ねえ、蓮華――」
僕が蓮華に問おうとしたところでお医者さんを連れてクロエさんが部屋に戻ってきてしまった。
「おお! シン君本当に目を覚ましたんだね!」
愛想のいい顔をした優しそうな先生にそこからは色々な質問と軽い検査を受け、僕は少しベッドで横になったまま待っているように告げられた。
それから数分後。
部屋に入ってきたのは先程僕の診療をしてくれた先生ではなく、金色の長髪をした柔和な表情を浮かべる男の人だった。
歳は30前後くらいだろうか?
人当たりのよさそうな人だ。
「やあ君がシン君か、初めまして私はエドワード・ライゼン・アルテミスという。好きに呼んでくれ」
差し出された手を握り返し同じように挨拶をした。
「僕はシン……シンです。それじゃあエドワードさんと呼ばせてもらいますね」
「うん、それで構わないよ。ああそれと、エミリア先生から話は聞いている。君がセンジ・ムラマサ殿のお孫さんだというのはね」
「エミリア……?」
どこかで聞いた名前だ。
そういえばさっきの夢の中でじいちゃんが最後にそんな名前を口にしていたような気がする。
「おや? もしかして名前を知らなかったのかな。アルテミス騎士学院の学院長だよ」
「え!? 学院長ってエミリアって名前だったんですか……」
よくよく思い返せば僕は王都にやってきてからかなりお世話になったはずなのに学院長の名前を知らなかった。
普段は学院長と呼んでいたし周りの人も学院長と呼んでいたので名前を知る機会が無かったといえば無かったのだが……。
「それで私が君に会いに来たのはね――」
エドワードさんが話を続けようとした時に部屋の扉が勢いよく開いた。
「へ、陛下! どうして護衛の者もつけずにお一人で先に行かれてしまうのですか!?」
「こら、フランス。シン君は病み上がりなのだからそのように大きな声をあげるな。それに部屋の扉をノックも無しに勢いよく開くなど無礼だぞ」
「……おっしゃる通りです。非礼をお詫びしますシン殿」
「あ、いえ大丈夫です」
「そもそもは陛下が勝手に抜け出すのがいけないのです! どれだけ私が焦ったことか――」
エドワードさんに詰め寄るとフランスさん? は延々と説教を始めてしまった。
それをニコニコと聞いているエドワードさん。
なんというかフランスさんは苦労してそうだなぁと何となく思った。
それを横目に見ているともう一人部屋の中に入ってくる。
「あ」
それはあの日、僕達を助けてくれた男の人だった。
「さっさと用事終わらせてくれねえかー? 俺だって暇じゃないんだぞ」
「ほら、グランにこうしてついてきてもらってたから大丈夫だよ」
「まあ確かにグラン様がついていれば安全でしょうけど、そういう問題じゃなくてですね!」
「話は後でゆっくり聞くから。今はまずシン君への用事を済ませよう」
僕の方に向き直ったエドワードさんは改めて、と僕に挨拶をする。
「私はエドワード・ライゼン・アルテミス。ここ、アルテミス王国の国王をやらせてもらっている。今日は君に話があってきたんだ」
傷は完全に治ったはずなのになぜだろう。
なんだか眩暈がしてきたぞ。
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次話はこの後一時間後に投稿します。
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