第18話 ゾディアック教団編9

「ふむ……」


 この男、確かライオネットと言ったか。

 確かにかなり腕が立つようだ。


 一撃一撃が重く、的確に捌きずらいポイントを狙ってくる。

 この若さでこれだけの実力、末恐ろしいものだ。


「だが……」


 上段から大きく振り下ろされる刃。

 それを下から切り上げピンポイントで剣の急所を狙う。

 剣と剣がぶつかり合い、衝撃が辺りに伝播する。


「なっ!?」


 男は驚きの声を上げ後ろに飛び退った。


「君、今何をした?」


「ただお前の剣の急所を突いただけだ」


「剣の急所……?」


「これまでの闘いの中でその剣が最も摩耗している箇所を狙ったのだ」


 僅かに罅の入った己の剣を見つめ、ライオネットは少し驚いたように目を見開き腹を抱えて笑い出した。


「くくっ、あははははは! 君は本当に凄いなぁ! でも、僕の一撃を受けてから明らかに動きが変わった。君、本当にシン君かい?」


 鋭いな、良い目をしている。

 出来るだけあるじの剣術を真似ているつもりなのだが。


「さてな。さっさと剣を構えろ、次で終いにしてやる」


「ああ……! 僕もシン君ともっと楽しみたいがもう時間がない。だから次の一撃は僕の持てる全力でいかせてもらう」


 空気が重くなる。

 ライオネットの周りを取り巻く流れが、奴の手元に集まっていくのを感じる。


 お互い構えを取ったままその場を動かない。

 きっかけは天井から染み出した一粒の雫が水溜まりに落ちた瞬間だった。


「赤熱の抱擁サン・フラワー……ッ!!」


 黄金の剣がその輝きを増し刀身は赤熱する。

 太陽かと見紛う熱を持った剣が降りかかる。


 いい一撃だ。

 だが――。


 村正流、一の太刀。


疾風はやて――」


 一風の突風となり、姿は消える。

 キン、と高い金属音が響き場に静寂が訪れた。


 そして――。


「くっ……」


 その場に膝を着いたのはライオネットの方だった。

 腕に大きな傷を負ったライオネットの足元には刀身に罅の入った一振りの剣が投げ出されている。


 刀を鞘に納め、クロエ殿の傍に近寄る。


「もう大丈夫です。さあ、今の内に」


 ボーっと虚空を見つめるクロエ殿の手を取って立ち上がらせる。


「失礼」


「え? きゃっ!?」


 クロエ殿を両手で持ち上げると階段を駆け登る。

 地上の屋敷にまでクロエ殿を運んだところでそっと腕の中から下ろした。


「し、シン……? 貴方本当にシンなの?」


「それは……」


 そろそろあるじの身体が限界だ。これ以上続ければこの後の反動が恐ろしい。

 同化を解除しようとした矢先だった。


「はは……待ってくれよ、シン君。置いていくなんてつれないじゃないか」


「……まだ起き上がってくるか、小僧」


「小僧だなんて。僕の方が君より年上だろう? 


 意味深に名前だけ強調して話すのは階段を足をゆっくりと登ってきたライオネットだった。


 片腕を抑え、もう片方の手で剣を引き摺るように持つ様子は男が満身創痍であるのを如実に語っている。


「やめておけ、それ以上戦えば身体がもたんぞ」


「確かにそうだね。でも、それは君もそうなんじゃないかな?」


 ライオネットの言葉に一瞬眉を動かしてしまう。

 コイツ、まさか気付いているのか?


「はは、本当に君は素直だなぁ。突然そんな風に強くなるなんて、それだけ無理をしているってことだろう? 身に余る力を行使するためには相応の代償を払わなければならない」


「……」


「そんな風に黙っていたら僕の言葉が正しいと肯定しているようなものだよ」


「仮にそうだとして、今のお前に何が出来る。その状態ではまともに剣も振れないだろう」


 我の言葉を聞いたライオネットは初めて笑顔を絶やし、深く残念そうに苦渋の顔を滲ませた。


「ああ……。君の言う通りだね。だから、本当は使いたくなかったけどコレを使わせてもらうよ」


 懐から取り出したのは星の形をしたペンダント。

 中央には瞳を模した修飾が施され、銀色に輝いている。


 忘れるはずもない。

 忘れられるわけがない。


 それは我と主が全て破壊したはずの――。

 何故それをこのような小僧が持っているっ!


「小僧、それはッ――!!」


 我が止めようとするよりも、ライオネットの動きは早かった。


「ラス・アルゲティ……コルネフォロス……数多に輝く星々よ。我に力の一端を貸し与えよ」


 この詠唱、間違いない。


「我、その名を唱えるもの。星辰が揺れる時、その導きを我が手に――」


 幾度と刃を交えた奴らの詠唱。


「ヘルクレスッ」


 瞬間、そらから光が屋敷の屋根を突き破ってライオネットへと降り注いだ。

 激しい雷鳴にも似た轟音と共に、煙が晴れたそこには白い毛皮を外套マントのようにたなびかせるライオネットの姿があった。


「本当は僕の力で勝ちたかった。でもこれは僕だけの問題じゃない、計画の失敗は女皇陛下にも影響を与えてしまうからね……」


 身体が宙を舞う感覚。


 気が付くと身体は月光の下に投げ飛ばされていた。

 起き上がると悠然とこちらに歩み寄ってくるライオネットの姿が見えた。


 不味いな。あるじとの同化が解けかけている。

 やはりかなり無理をしたせいだ。


「ここまで……か」


 己の感覚が徐々に失われていくのを感じる。


あるじ、ご武運を祈ります」


 完全に手足の感覚が消え去り、同時にの意識が覚醒する。


「うん、任せて」


 とは言ったものの――。


「うぐっ……!?」


 全身を襲う激痛。

 そしてこの倦怠感だ。


 意識を強く保たなければ今すぐにでも気絶してしまいそうになる。


「おや? また戻った……。今のシン君はさっきまでのシン君とはまた違うみたいだ」


「それが……どうしたっ」


「息も絶え絶えだし、凄く苦しそうだね。その状態の君にならわざわざこれを見せる必要も無かったかな? でも、僕をここまで追い詰めた君に敬意を払って――」


 何もない虚空から現れたのは一振りの大きな剣。

 ライオネットの細身の体躯からは想像もつかないような大剣を片手で握る。


 華美な装飾はされていないがそれが名剣であることが幾千の剣を見てきた僕には分かった。


「炎神の情熱マルミアドワーズ。僕の持てる最大の力で君を葬ろう」


 僕がこれまで見てきた剣の中でも五本の指に入る程の名剣。

 刃に収束している魔力の桁が違う。


 もう身体は動かない。

 遠くには僕の方に向かって何かを叫んでいるクロエさんの姿が見えた。


 暗い月夜の下、薔薇園の中で空を見上げる。


 ここまでか。


 ライオネットの剣が振り下ろされるのと同時に瞼を閉じた。


 ♢


「させねえよ」


 自然と漏れた声だった。


 シンに向けて男が剣を振りかぶるよりも先に、横から思いきり身体を蹴飛ばした。


「無事か、シン」


 ちら、と後ろをかえり見ると全身に傷を負い息も絶え絶えのシンの姿が映る。

 無事、とは言い難いがどうにか息をしているようだ。

 安堵から息が漏れる。


 意識を切り替え男の方に向き直ると、魔力で強化した脚で思いきり蹴飛ばしたはずなのに既に態勢を立て直していた。


「君、名前は?」


「リディア」


 キラキラと目を輝かせて男は近づいてくる。


「そうか、僕の邪魔をするってことは僕と戦ってくれるってことだよね?」


「ほざいてろ」


「はは、じゃあそうさせてもらうよ」


 ♢


 聞き慣れた声。

 凛としててかっこいい、リディアさんの声が聞こえた気がした。


「無事か、シン」


「え……」


 どうしてリディアさんがここに……。


 艶やかな黒髪をたなびかせ、颯爽と現れたその背中を見つめる。

 身の丈程の大剣を軽々と担ぎ、こちらを振り返ったリディアさんと目が合った。


 途端、優しい目をしたかと思うと「ふぅ……」と息を吐いてライオネットに向き直る。


「君、名前は?」


「リディア」


「そうか、僕の邪魔をするってことは僕と戦ってくれるってことだよね?」


「ほざいてろ」


「はは、じゃあそうさせてもらうよ」


 その言葉を皮切りに二人は同時に地を蹴った。


 速い。


 先程とは桁違いのスピードで動くライオネットを目で追うだけでも精一杯だ。

 リディアさんはその速さに完全についていけている。


 奇しくも二人が手に握った獲物は同じ大剣。

 身の丈程の大きさの剣を持っているとは思えない速度で動き回り、軽々と剣を振りまわす。


「凄いな君……。さっきのシン君も凄かったけど君も凄い! こんな風に戦えるのなんてうちの八十八席次オグドンダ・オクト……いや、十二星座ゾディアック・サインにも引けを取らないんじゃないかな」


「さっきからごちゃごちゃと何を言っている?」


 これだけの激しい攻防の手を止めることなく二人は言葉を交わす。

 徐々に苛烈になっていくその闘いに僕の視線は惹きつけられてしまう。


 リディアさんの激しく荒く苛烈で、されど舞うように軽やかでしなやかな剣技。

 それは鍛錬の際に僕に見せる剣術とは全く違う、見る者を惹きつけてやまない技。


「こっちはアップがもう済んでるんだ。最初から飛ばすぞ」


「いいね!」


 瞬間、リディアさんを取り巻く魔力が急激に集まっていくのを感じた。


 リディアさんの髪が赤く光を帯びる。


 迸る焔のような魔力が赤く、紅く、朱く。

 リディアさんの身体から吹き上がる。


 それまで包帯のようなものに包まれていたリディアさんの剣が姿を現す。


 血のように紅い大剣。

 それにリディアさんの赤い魔力が纏わり、まるでそれは炎で出来た剣。


 獰猛な笑みを浮かべるリディアさんと、楽しそうな表情を隠し切れず笑うライオネット。


 対照的な笑みを浮かべた二人の剣士の刃が交わった。


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