第16話 ゾディアック教団編7

「もう一度言うよ? クロエを部屋に戻してあげてくれない? 僕は今日、気分がいいんだ。念願の計画が遂に成就しようとしている。だからもし、僕の言う通りにしてくれるなら君のことは特別に見逃してあげよう」


「二度も言わせないでください、お断りします」


「うーん、困ったなあ。クロエはまだ僕達の計画に不可欠な存在なんだ。だから今、君に連れていかれると凄く困る」


「勝手に困ってください。クロエさんをこんな目に合わせて……。僕とクロエさんは二人でこの屋敷から出る」


「僕としては弱い物いじめって好きじゃないんだけど……。どうしても言うことを聞いてくれないというのなら仕方ない。力で言うことを聞いてもらう他ないね」


 ライオネットは笑みを浮かべているが雰囲気がどっと重くなった。

 僕が柄に手を掛けると、そっとクロエさんが僕の手の上に自身の手を重ねるようにして抜きかけた刀を押し戻した。


「クロエさん……?」


「ありがとう、シン」


 耳元でそう囁くとクロエさんは僕の頬に優しくキスをした。

 いつものように悪戯っぽく笑うのではなく、優しい慈愛に満ちた微笑みを浮かべて。


 ふっ、と僕の肩にかかっていたクロエさんの重さが消える。

 よろよろとした覚束ない足取りでゆっくりと。

 だが確実にライオネットの元へと歩いていく。


「何をしているんですか! こっちに戻ってきてくださいっ!!」


 僕の叫び声に振り向いたクロエさんは泣いているような、笑っているような、とても寂し気な笑顔を向けた。


「ごめんね」


 そう言ってクロエさんはライオネットの隣に立った。


 一体どうなってるんだ?

 何で突然クロエさんが。

 どうして?

 なんで?


 頭の中が混乱する。

 そんな僕の様子を見てライオネットは笑う。


「まったく、酷いじゃないかクロエ。婚約者の前で他の男の頬にキスするなんてさ」


「……あなたの目的は私。ならもう十分でしょう。シンを早く解放して」


「なるほどそういうことかあ。うん、いいよ。約束は約束だもんね。ほら、シン君だっけ? 僕の気が変わらない内に早く行った方がいいよ」


 クロエさんは僕を庇ってわざとアイツに捕まったのか?

 自分の方がボロボロで辛い思いをしているはずなのに。


「……情けない」


「ん、君何か言った?」


 クロエさんを助けに来たはずなのに、僕はクロエさんに守られている。

 クロエさんにとって僕は守る対象で、僕に守られるなんて想像もつかないんだろう。


 そんな風にしかクロエさんに見てもらえない自分が情けない……!


「待て」


「まだ僕達の邪魔をするの? 君はもう逃げていいって言ったじゃないか。あんまりそうやって邪魔されると僕も流石に煩わしくなってきちゃうんだけど」


「シン、やめなさい。ライオネットの実力は王国でも五本の指に入る程のものよ。貴方の敵う相手じゃない。戦えば大怪我……いいえ、死ぬわよ」


「やめません」


「はあ……。もういいや、約束を破ったのは君の方だからね」


 ライオネットが億劫そうにゆっくりと鞘に手を掛ける。


 抜刀するその瞬間を狙う。


 集中力を高め刀を構える。

 例えどこから打ち込まれようとも完璧に対応できる自信があった。


 だが――。


 キン。


 甲高い金属音が僕の耳元で鳴った。

 それはいつの間にか一人でに動いていた僕の手の中にあったはずの蓮華とライオネットが軽く振った剣がぶつかった音だった。


 今何が起きた?

 何も……見えなかった。


あるじ! 次が来ます!!』


「っ……!!」


 剣閃が全く見えなかった。

 気が付いたら僕の首のすぐ横まで迫っていた奴の剣を、蓮華が一人でに防いでくれていなければ今頃僕の首は地面に転がっていただろう。


「あれ、今のを防ぐんだ」


 何食わぬ顔でまたライオネットの身体がぶれる。


 くるっ……!


 目で捉えられないならあいつの持っている剣の声に耳を傾けるまでだ。


 君の声を聞かせて。

 耳に意識を集中させる。


 金管楽器を鳴らすような美しい音色。

 それが君の声なんだね。


 狙いは……。

 っ! また首か!


 今度はどうにか間に合った。

 先程とは反対側から迫る刃を一歩下がって避け、近づいてきたライオネットの手首を狙う。


「せぁッ!」


 しかしその一撃は軽々と剣の柄で受け止められてしまった。


「おかしいなあ、君さっきから僕が降った剣の速度を目で追えてないよね? それなのに一撃だけじゃなく二撃も防いだ。それに反撃まで。君みたいな子供が。それこそクロエだってさっきの僕の一撃を避けられなかったと思うよ?」


「ふぅ……」


 ライオネットが喋っていてくれる間に少しでも頭を回せ。

 目で追えない程速い斬撃にいつ動いたのかも分からない俊敏な身のこなし。

 噂には聞いていたけど“太陽”のライオネット。

 これほど強いとは……。


「僕が言うのも何ですけど男の人なのにライオネットさんは凄く強いんですね」


「まあ確かに僕は男だから魔力を扱う事は出来ないよ。でもその差を覆す程に僕の剣術の才は卓越していると自負してる。それに魔力を直接扱えないなら魔術の込められた道具を使用すればいいだけのことだよ。こんな風にね」


 世間話でもするようにゆったりとしていたかと思ったら再びライオネットの姿が消える。

 会話を繋いで時間を稼いでいたがそれでも油断は一切していなかったのに。


 周囲を見回す。

 だが、どこにもライオネットの姿はない。


 耳を澄ます。


 鎖に繋がれたものたちの息遣いと蓮華の声。

 そしてライオネットが持つあの黄金の剣の声が背後から聞こえた。


「そこか……!」


 背後から迫る刃を蓮華を巧みに扱い受け流す。


あるじ、攻防の中で分かりました。奴の姿が消えたように見えるのは奴が速いのではなく、姿


 どういうこと!?

 まさか透明になってるわけでもあるまいし。


『正確には異なりますが凡そその考えで間違ってはいません。奴が身に着けているあの銀甲冑、恐らく光属性の付与魔法が施されています』


 光属性の付与魔法?


『はい。光を屈折させて自身を透過させているのでしょう。他にも魔法が付与された魔装具アーティファクトで全身を武装していてもおかしくありません』


 魔装具アーティファクト

 指輪や首飾りなどを始めとした貴金属。剣や鎧などの装備。他にも小物など魔法が付与された物を全般に魔装具アーティファクトと呼ぶ。

 魔法の術式を物に刻み、自身の魔力を消費することなく刻まれた魔法の効果を得られる便利なものだ。


 しかし便利な一方でその作成難度の高さと流通の少なさから大変貴重な品であり、その金額は下手なお屋敷なら買えてしまう。


魔装具アーティファクト……」


「おお、よく分かったね! 正解! 僕は魔法が使えないからその分を魔装具アーティファクトで補ってるんだ」


 道理で強いわけだ。

 ただでさえ王国屈指と言われる程の剣技に加えて、魔装具アーティファクトで常時自身を魔法で強化しているのだから。


 それに魔装具アーティファクトには魔力切れという概念が無い。


「まあそれが分かったところで君に何ができるのかな?」


「くっ……」


 このまま受け続けるのには限界がある。

 勝負を決めるなら短期決戦しかない。


「ふぅ……」


 一度距離を置き大きく息を吐く。

 落ち着け、焦るな。


 剣技では圧倒的に相手の方が上だ。

 そんなライオネット相手に僕が勝っている部分があるとすれば僕には魔力があるという点。


 何かあった時のために温存してたけど、今がその時だ。


 全身の魔力の流れに意識を集中させる。


 身体強化フィジカル・ブースト


 それだけでは終わらない。


 更に――。


 筋力向上ハイ・ストレングス

 敏捷向上ハイ・アジリティ

 耐久向上ハイ・ディフェンス


 身体が羽のように軽く、全身から力が漲ってくるのを感じる。


 基礎魔法の四魔法同時展開。

 リディアさんとの特訓の中で編み出した技だ。


 一時的にだが僕の身体能力を大幅に強化することが出来る。

 ただし、消費する魔力の量は個々の魔法を使う場合の四倍。

 あまり長くはもたない。


「ん? 君、今魔法を使っただろ。噂には聞いてたけど本当に男なのに魔法が使えるんだね、凄いよ」


「君も……?」


「気にする必要は無い。どうせ君はここで死ぬんだから」


 ライオネットの姿が消える。

 魔装具アーティファクトの魔法で姿が消えていたとしても確かにライオネットはそこにいる。


 感覚強化センス・ブースト


 五感を強化し、周囲の様子に意識を向ける。

 強化された聴覚を以てしてもライオネットの足音は捉えられない。

 だが、一か所空気の流れが異質な場所がある。


「そこかっ!」


「っ!?」


 空気の流れが途切れるその虚空を切り裂くと、甲高い金属音が響き何かが僕の一撃を止める。


「……驚いたな」


「次は当てる」


 剣の声に耳を傾ける。

 力を借りるよ、夢想蓮華。


 村正流、一の太刀。


疾風はやて


 突風が薙ぎ、一閃――。

 一瞬遅れて虚空から赤い血が流れ落ちる。


「やるじゃないか」


 光魔法による透明化を解除すると、ライオネットは自身の胸に刻まれた傷跡を上からなぞる。

 指に絡まった自身の赤い血液を眺めてライオネットは恍惚とした表情を浮かべた。


 その不気味な様子に背筋にうすら寒いものを感じた。

 言い知れぬ不安感。

 それまでのライオネットと何か違った雰囲気を感じる。


「君がこれ程の騎士シュヴァリエだとは思ってなかった。まさかこんなにも楽しませてくれるなんて……」


「何を……言ってる?」


「僕はね、戦う事が大好きなんだ。ゾディアック教団に入ったのもより強く、そして更なる猛者との闘いを求めていたからなんだ」


 ゾディアック教団?

 聞いたこともない名前だ。

 その教団がもしかしてクロエさんの誘拐に関わっているのか?


「思いがけずこうして、君という好敵手に出会うことが出来た。この運命の出会いに、ゾディアック様へ感謝を」


 ライオネットは跪き、その場で神に祈るような姿勢を取った。

 一体何をしているのか分からない。

 だがそうしている間もライオネットには隙が無かった。

 僕が動けずにその場に立ち尽くしているとライオネットが立ち上がる。


「もう少し本気を出しても君は受け止められるかな?」


「ッ……!!」


 全身の体毛が逆立つような激しい悪寒。

 僕は気が付いたら地面を思いきり蹴り、後ろに遠のいていた。

 そして一瞬遅れて僕が立っていた石畳が大きく陥没した。


「なっ!?」


「うん、良い反応速度だね!」


 何が起こった?

 今度は光魔法で透明化していたわけでもない。

 それに感覚強化センス・ブーストで先程よりも感覚も研ぎ澄まされていた。


 それなのに何が起こったのか全く理解できなかった。


「さあ第二ラウンドの開始だ。僕のことをもっと楽しませてくれよ、シン君」


「イカれた戦闘狂バトルジャンキーめ……」


 僕とライオネットが同時に床を蹴り、剣と剣がぶつかった。



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