第14話 ゾディアック教団編5

「うっ……」


『気が付かれましたかあるじ


 上半身を起こし辺りを見回す。

 周囲には切り裂かれた小鬼ゴブリンの死体が転がっている。


「僕寝ちゃってたの?」


『はい。恐らく三時間程かと』


「確かに……はいざという時じゃないと迂闊に使えないね」


 全身がまだ重い。これも恐らく夢想蓮華の力を引き出した影響だろう。

 討伐証である小鬼ゴブリンの耳を切り取ると蓮華を鞘にしまい洞穴を出る。


 陽が昇り始めるのと同時に王都を出たはずが洞穴の外に出ると既に陽が高々と昇っていた。三時間も眠っていたのだから仕方ないか……。


 これだと多分学院の授業には遅刻だろうなぁ……。

 急ぎ足で森の中を駆け抜け僕は冒険者協会へと急いだ。


 ♢


『街中の様子がおかしいです』


「蓮華もそう思う?」


 僕達が王都に戻ると街中の様子が普段とどうも違うように感じた。鎧を着た騎士団員を街中の至る所で見かけ、いつもは賑やかな人々が妙にざわついているというか……。


『……』


 冒険者協会に戻ると冒険者協会の中にも騎士シュヴァリエの姿があった。僕はリディアさんに聞いた程度だが冒険者と騎士シュヴァリエの仲はあまり良くない筈。それなのに協会まで騎士シュヴァリエが出向いているとは一体何事なんだろう?


 受付で協会の職員と何かを会話していた騎士シュヴァリエが踵を返し入口の方に向かって歩いてきた。

 すれ違い様に視線を感じた気がしたが相手は兜をかぶっていたためによく分からなかった。


「エマさん、小鬼ゴブリンの討伐依頼を終わらせてきました」


「あら、シン君じゃないですか! 今日はリディアさんと一緒ではないんですね」


「はい。何だか今日は騎士団の人達をよく見かけるんですけど何かあったんですか?」


「ご存知じゃなかったんですか? 昨日の夕方頃からノワール公爵家のクロエ様が行方不明になっているんです。今、王都中で騒ぎになっていますよ」


「え……?」


 いくら何でも早すぎる。リディアさんもクロエさんが誘拐される可能性があることは言っていたけどまさか昨日の今日で連れ去られるなんて……。

 いや、そんなことを考えてる場合じゃない。今はどうやってクロエさんを見つけるかが肝心。


 こんな時、僕にはどうすればいいか分からない。今すぐリディアさんの所に行かないと……!


「えっ!? シン君依頼完了の報酬まだ受け取ってないよ!」


 受付から僕を呼ぶエマさんの声が聞こえてきたが「すいません!」と叫んで振り返ることなく冒険者協会を飛び出す。


 協会の扉を出ると同時に目の前に突然人が飛び出してきて勢い余ってぶつかってしまった。


「す、すいません!」


「君がシン君だね?」


 よろけながら声が聞こえた方を見上げるとそこに立っていたのは鎧を身に纏ったさっき冒険者協会を出て行ったはずの騎士シュヴァリエだった。


「はい、僕がシンですが……。すいません、今急いでいるので通してもらってもいいですか?」


「申し訳ないがそれは出来ない。君には我々と共に同行してもらう」


「え?」


 いつの間にか僕を取り囲むように数人の騎士シュヴァリエが立っており、今にもこちらに斬りかかってきそうな迫力がある。


「君にはクロエ公爵令嬢誘拐の嫌疑が掛けられている。大人しく従ってもらおう。もし同行を拒否するというならこちらも実力を行使する他ない」


「はい……? あの、それはどういうことで――」


「話は後で聞かせてもらおう。連れていけ」


 その指示に僕の後ろにいた騎士シュヴァリエが反応すると手慣れた手つきで僕の両腕を拘束し、腰に差していた蓮華を回収されてしまった。


あるじ、ここは一先ず大人しくしておいた方がよいかと。相手は完全武装した騎士シュヴァリエが五人、対してこちらはあるじお一人です。いくら我ありきとはいえこの場を切り抜けられる保証はありません』


 蓮華の言う通りだ。

 ただどうして僕がクロエさんを誘拐したことになっているのかが引っかかる。

 腕を拘束され歩かされる中頭の中でぐるぐると終わりのない思考がループしていた。


 ♢


 石畳に格子の付いた窓から月明かりが差し込む。

 牢に入れられてからどのくらいの時間が過ぎたのか分からない。ただ身体が食事と水を欲していることだけは確かだ。


 ここに連れてこられてからずっとクロエさんを誘拐したのはお前かと尋問され続けてる。何度違うと言っても誰も相手にはしてくれない。


「……」


 お腹が空いた。

 喉が渇いた。

 クロエさんは今頃どうしてるかな。


「……クロエさん」


 こんなところでゆっくりしてる暇はないのに。

 クロエさんを守るために魔剣を打った。でもその魔剣が無ければ僕は無力だ。


「なにしてるんだろう僕……」


「ほんと、何してんだよお前」


「えっ?」


 鉄格子を挟んだ迎えに立っていたのは背中に身の丈程もある大剣を背負った人物。外套を深く羽織っていて顔は見えない。だがその声は聞き覚えのあるものだった。


「リディアさん……?」

「ああ。ここから逃げるぞ」


 いつものように簡単に言うがここは騎士シュヴァリエが大勢常駐しているはずだ。そう簡単に逃げられるはずがない。


 そんなことを考えているとリディアさんは鉄格子を紙を裂くようにいとも容易く切り捨て牢の中に入ってくる。

 何も言わずに僕のことを担ぐと、窓の格子も同様に斬り飛ばし僕を担いだまま飛び降りた。


「うわっ!?」


「シッ……。あまり大きな声を出すな、見つかると厄介だ」


 軽々と塀を飛び越えるとそのままリディアさんは人気の少ない裏路地に素早く駆け込んだ。辺りに人がいないことを確認して僕のことを下ろすと懐から鞘を取り出した。


「それ、僕の……」


「ついでにかっぱらってきた、これお前のだろ」


「ありがとうございます」


 リディアさんから蓮華を受け取ると腰に鞘を差した。


「それよりお前、昨日私と別れた後どこで何をしてたんだ?」


「昨日リディアさんと話してて気付いたんです。僕は騎士シュヴァリエじゃなく鍛冶師スミス、だから僕は僕の土俵で勝負しようって。それでリディアさんと別れてからはずっと剣を打ってました。今朝方完成して、試し切りにラビディアの森まで……」


 リディアさんは僕の腰の蓮華を一瞥すると溜息を吐いた。


「なるほど……。その剣……魔剣か?」


「……はい」


「やっぱりな。私は前に魔剣使いと戦ったことがあるがソイツからはその時の魔剣に似た雰囲気を感じてた。この際お前が魔剣を何故打てるのだとかは聞かない」


「だが」と付け足すように言いながらリディアさんは剣に手を掛けた。

 その瞬間全身の体毛が逆立つような、激しい緊迫感が背中を走り抜けた。一瞬でも油断すればその隙にやられる、そう直感的に感じ取った。


 死。

 その一文字が頭に浮かんだ。


「魔剣を持ったお前なら今の私と殺し合ったとして、一矢報いる程度のことが出来ると確信することが出来るか?」


 気が付いた時には既に僕の冷や汗塗れの手は蓮華の柄を握っていた。

 柄に掛けた手が震える。これほどまでに全身で死を確信したことは初めてだ。


 怖い。

 どうして突然リディアさんがこんなことをするのかも分からない。

 一つだけ確かなことは、今こうしている瞬間もクロエさんは助けを待っているということ。


「はい、間違いなく」


 ふぅー……と大きく息を整える。


あるじアレをやるのですか』


「そうするしかリディアさんに刃が届くヴィジョンが見えないからね」


 出し惜しみはしない。この一刀に賭ける。

 蓮華を鞘から抜こうとするその瞬間だった。


 剣の柄からリディアさんが手を離し、先程まで立ち込めていた緊迫感が嘘のように霧散した。


「今の私の殺気に当てられても立ち向かおうとした気概で十点、実際に私に一矢報いるくらいなら出来そうだったから加えて二十点。それとその瞳免じて五点、合計三十五点でギリギリ赤点回避って所だな」


「あの……」


「悪かったな、いきなり殺気を当てたりして。ただ、お前の覚悟と実力を計るのに手っ取り早かったからこの方法を取った」


 ぐしゃぐしゃと僕の頭を撫でるとリディアさんは僕についてこいと言わんばかりに目配せをして路地を歩いていく。


「これからどうするんですか?」


「ああ、昨日シンに話したあの計画を前倒しにする。まさか向こうがこれほど早く動いてくるとは思ってなかったからな」


「分かりました。でも、クロエさんの居場所は……? 確か昨日の話だと最低でも見つけるまでに三日は掛かるって……」


「それなんだが、伝手の情報屋に頼んだら想像以上に早い報せが入った。どうやら相手も焦ってるのか痕跡をあちこちに残してたみたいでな、アイツの居所はもう掴んでる」


 小声で話しながら月明かりも差し込まない曲がりくねった裏路地を奥へ奥へと進んでいく。リディアさんは一体どこへ向かっているのだろうか。


「着いたぞ」


 木製のボロ扉を開き、入った室内は暖色の薄暗い照明に照らされたバーのような場所だった。顔を隠していた外套のフードを外すとリディアさんの黒い犬耳がひょこっと顔を出す。


 リディアさんに倣いカウンターの席に着くと何も言わずとも目の前に一杯のグラスが差し出された。氷の入ったグラスからは強い酒気の香りが漂ってくる。

 僕がそれに躊躇している横でリディアさんは一息に出されたそれを飲み干すとグラスを拭いているマスターに向かって話しかけた。


「計画を早めることにした。出来るだけ急ぎたい、最速でいつに動ける」


「……早くて二日は掛かる」


「駄目だ、それだと遅すぎる。遅くても一日だ、それ以上は待てない」


「ふぅ……。相変わらず無茶を言う奴だな绛狼こうろう。だが分かった、どうにか他の奴にも話を通しておこう。それはそれとして、そのガキは?」


「ああ、コイツがシンだ」


「このガキがそうか」


 見知った間柄なのか二人は軽口をたたき合いながら話していたかと思うと急に二人の視線が僕の方に向いた。

 マスターは僕のことを値踏みするようにじっくりと見回し、その視線が僕の腰付近、正確には僕の腰に差してある蓮華に向けられた。


「どうしてお前のようなガキがそんなものを持ってる?」


「えっと、これは僕が昨日鍛えた剣です」


「なに……? どういうことだリディア」


「私も詳しいことはシンからまだ聞いてない。この一件が片付いてからでも遅くないからな」


 マスターは少し考え込むようにしてから僕に鋭い視線を向けた。


「ガキ……お前はそれと同じような剣を他にも造れるのか?」


「え、それはどうですかね……。僕もこれほど上手く出来たことはないので何とも言えないです、すいません」


「そうか。おい、リディア」


「ん?」


 カウンターの奥に少し引っ込んだかと思ったらマスターが何かを取り出して戻ってきた。その腕の中には闇夜のように暗い外套がある。


「気が変わった、他の奴らを手配するのは無しだ。俺が出る、計画の決行は今からでもいける」


「どういう心境の変化だ……? お前が直接出るところなんてここ数年……いや、私がお前と出会ってから一度も見たことがない」


「だが報酬を変更だ。受け取る予定だった金はいらない。代わりにそのガキに一本、剣を鍛えさせて俺に渡せ」


「それは私には勝手に決められない」


「ならガキ、お前に直接聞く。その条件でどうだ?」


 どういうことだろうか?

 何となくしか話が見えないが多分この人はリディアさんの言っていた計画に関わる人なのだろう。僕が剣を一本打つだけで計画が少しでも早まるというなら。


「はい、その条件で大丈夫です」


「決まりだな。リディア、計画は今から始めるのか」


「……そういうことになる。計画でお前の部下にやらせるはずだった仕事は全てムジナ、お前に任せることになるが問題ないな?」


「問題ない。ことを進めるなら出来るだけ深夜の方が望ましい。決行は深夜三時、それでいいか?」


「ああ、それで構わない」


 要件だけ告げるとマスターはカウンターの奥へと引っ込んでしまった。残された僕達はどうすればいいのかと思っていると徐にリディアさんが近くのソファ席に深く腰掛け目を瞑った。


「シンも今の内に休んでおいた方がいいぞ。ムジナが言ってたように計画は三時決行だ」

「は、はい」


 おずおずとリディアさんの隣に座るとソファに身体を預けて目を瞑る。

 元々部屋の中は薄暗く落ち着いた雰囲気であったためこうしてソファに身を委ねているとリラックスしてきた。

 木材と酒、そして隣に座るリディアさんの香りに包まれて僕の意識は徐々に微睡んでいった。


 ※編集中のミスで二度同じことを掲載してしまっていたので修正しました!

 ご迷惑をお掛けしました。

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