第13話 ゾディアック教団編4
「ん……ここは……」
暗い。光を求めて身体を動かそうとするが上手く動かせない。
どうやら腕と脚が何かで縛られているようだ。力づくで解こうにも全くそれが外れる気配はない。
仕方が無いと
「魔力が練れない……?」
身体の中の魔力を循環させようとしてもまるで何か仕切りでもあるみたいに一定の量を流すと突然魔力の流れが途絶えてしまう。
それならばと腕に集中して魔力を集め
室内が暗くて最初は手足を縄で縛られているのかと思っていたが違う。肌に伝わるひんやりとした感触。加えて魔力を練れないというこの異常。
「
でもこれは数年前に出された法案によって例外を除く使用を禁止され通常の手段では手に入れられなくなったはずだ。
数少ない例外も大罪を犯した者や王族に対する罪を犯した者にしか適用されず、流通していた殆どの
改めて周囲を見回す。
少しずつ暗闇に目が慣れてきたのか先程よりは状況を把握しやすい。まず私が置かれているこの部屋は石造りの縦横六メートル四方の立方体だ。出入口らしきものは私の正面にある金属製の扉一つだけ。
私は椅子に座らせられ両手両足を
朧気だが覚えている最後の記憶はライオネットとの顔合わせを終わらせた後、学院へ戻る馬車の中で異臭を感じたこと。そして意識が途絶える直前に何者かが私のことを抱えていたことだ。
現状から考えるに私は何者かによって誘拐された。それも
問題は私を誘拐した相手だが、私自身が恨みを買ったような覚えはないが私は公爵家の娘だ。ノワール家は代々アルテミス王国の金融に関する面で多大な貢献をしてきた。その中で家に恨みを持つ者も多くいたはずだ。
私を誘拐した者の目的が身代金などであれば問題ないのだが……恐らくそれはないだろう。私が突然いなくなったのだから今頃はノワール家を筆頭に王都中で捜索が開始されている筈だ。ここが王都の中にあるのならば捜索隊が私のことを見つけるのも時間の問題だろう。
金属製の扉の前に人の気配がする。
身体が僅かに強張り緊張しているのが嫌でも分かった。重い金属音を立てて開いた扉の向こうに立っていたのは学者然とした風貌の眼鏡を掛けた男だった。
「おや? もう目を覚ましたのか。あの薬は私の特製で
「おはよう、ええ、起きたら両手足を拘束されていて悪くない目覚めだわ」
「それは良かった。大分元気もあり余っているようだね、だが私以外の者にそういう高慢な態度を取らない方がいい。君は今一度自分の置かれている状況をよく理解する必要がある」
「……」
彼の言う事はもっともだ。
突然誘拐されこんなところに監禁されたことで恐怖よりも先に怒りが来てしまい迂闊な態度を取ってしまった。
私は
今下手に相手を刺激するのは下策だ。助けが来るまで極力相手を刺激せず、捜索隊が私のことを一刻でも早く見つけ出してくれることを祈るのが今尽くせる最善。
「ええ、その通りね……。非礼を詫びるわ」
「クロエ嬢は頭が良い。だからこれくらいの簡単なことならすぐに理解してくれると思っていたよ。さて、私は様子を見に来ただけだ。後は担当の者に変わってもらうとしよう」
部屋を立ち去ろうとする男の背中に逡巡の上声を掛ける。
「貴方、名前は……?」
「ふむ……。やはりまだ自分の立場を理解していないようだ」
突如、男の姿が消えた。
「……?」
直後だった。
男が私の耳元で囁く。
「これは罰だ」
甘く、だが危険を感じる声が聞こえたと思うと右の人差し指に激痛が走る。
「っ!!?」
石造りの室内に太い骨が砕ける音が響いた。
激痛の中私は今起こったことを整理しようと脳内を回転させる。
目の前にいたはずの男は突然姿を消し、気が付くと私の後ろに回っていた。
魔力を使えないとはいえ私が見失った?
そんなはずない。
あり得ない。
いったいどうして――。
「これで分かっただろう? 自分の置かれた立場というものが。我々はやろうと思えばクロエ嬢のことをいつでも傷つけ、殺めることが出来るのだと」
「……っご忠告感謝するわ」
「私の名前、だったね。私は優しいから特別に皆が私を呼んでいる名前を教えてあげよう。皆は私を第八席、
再び重い金属音と共に扉が閉まり男は去っていった。
第八席、
聞いたこともない名だ。
しかしあれほどの実力者の名前が世に出ていないというのは不自然な話。
第八席という表現が引っかかるが少なくとも八という数字が使われるということはその前に七人の人物がいるということ。だとしたら私を誘拐した相手は単独犯ではなく、組織的な犯行だと考えて間違いない。
「……っ」
あの男に折られた指が痛む。後ろ手に両手を拘束されているためどうなっているのかは分からないが間違いなく腫れているだろう。
男が部屋を出てから数分と経たずに再び扉が開かれた。中に入ってきたのは見覚えのある顔だった。
「ベン……!」
「お元気そうですね、お嬢様」
彼は代々ノワール家に仕えている御者で、私が誘拐されたあの日も私の乗った馬車を御していたのも彼だ。
なるほど。彼がここにいるということはつまりそういうことだろう。
「お分かりの通り、あの襲撃は私が手引きしたものです」
「そう。貴方、いつからそちら側なの?」
「初めからですよ。私がノワール家に仕え始めた時から今に至るまで。私はこちら側です」
言葉を失った。
私が知っているだけでも彼は三十年以上ノワール家で御者をしている今我が家に残っている従者の中でも古株存在なのだ。そのベンが私を誘拐した組織とそんなに昔から通じていたというの……?
「お嬢様の誘拐は長年練られた計画の上で決行されたものです。今王都中でお嬢様が行方不明になったと騒ぎになっていますが捜索隊がここを嗅ぎつけることは無理でしょう。仮に見つけたとしてもその頃には既に我々の目的は完遂された後です」
「貴方達の目的は何?」
「それはお嬢様の知る必要のないことです。……私もお嬢様のことは赤子の頃から見てきたのです、不遜にも自分の孫の様にも感じておりました。そんなお嬢様を傷付けたくはない、なので抵抗しないでください」
「私だって……」
ベンは公爵家の娘としての役割を押し付ける両親とは違って、本当に私自身を見てくれる数少ない人だった。
優しくて、聞き上手で、家の中で唯一心を開ける相手だった。
それなのに……それなのにどうしてベンが……。
「っ……何をするつもり?」
ベンは注射器のようなものを持ってこちらに近づいてくる。無言で私の横に立つと腕に注射針を刺し、私の血を摂った。
その注射器を慎重に箱の中に収めると、続いて私の首に見たこともないものを取り付ける。それは私の首に嵌められた途端生き物の様に躍動し、服の中に入り込み全身に這ってきた。
「いやっ……うぅっ……何よこれっ……!」
ベンを睨みつけるが、ベンは何とも言えない表情で会釈をすると何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
首に嵌められた装置から伸びる蛇のような、触手のようなそれは全身を物色するようにくまなく這う。
気持ちの悪い感触と共に徐々に身体の力が抜けていくのを感じた。
「なにっ……これ」
徐々に脱力していく身体。
この感覚、経験したことがある。
これは魔力不足に陥った時の感覚に近いのだ。
「まさか、これ……」
私の見たことのない装置。
これは装着者の魔力を吸収するものなのではないか?
だとしても何故魔力を……?
ただでさえ
それに加えて魔力を吸い取る意味が分からない。
駄目、もう意識が……。
思考しようにも魔力が欠乏してきたせいで考えがまとまらない。
今頃外はどうなっているのだろう。
シンは……どうか無事で――。
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