第11話 ゾディアック教団編2

「――分かりました」


「分かっているとは思うが一番危険なのはお前だ。確かに魔力が使える分お前はそこらの一般人よりは余程強いがそれでもまだ十二歳の子供なんだからな」


 リディアさんの言う通りだ。

 僕は確かに男だけど魔力が使えて周りの人よりも少しだけ特別かもしれない。

 でも、クロエさんを狙っているライオネット・ブランは魔力の使える騎士シュヴァリエ相手に魔力抜きで戦って勝利したことのある実力者だ。加えて公爵家の絶大な権力とこれまで積み上げてきた信頼がある。


 つい一週間前から剣術を学び始めたばかりの子供の僕にクロエさんを守るなんて過言も過ぎる。


 なら僕には何が出来る。

 僕は何者だ。

 僕は確かに今騎士学院の生徒としてここに通っている。

 でも、僕は騎士シュヴァリエじゃない。


 僕は鍛冶師スミスだ。


「すいませんリディアさん、今日の鍛錬はここまでにしてもいいですか?」


「ああ、それは構わないが」


「ありがとうございます」


 リディアさんの策を成功させるためにも僕は僕に出来ることをしなくちゃならない。

 騎士学院に来てすっかり忘れてしまっていた。

 僕は何者なのか。僕の武器は、僕の強みは何なのかを。


 運動着のまま校舎を駆け抜け、向かったのは学院長室。一息吐くと扉をノックする。

 部屋の中から声が返ってくるのを合図に扉を開いて中に進む。


「おや、そんなに息を切らしてどうしたのかな?」


「学院長にお願いがあって来ました」


「ふむ。お願いとは?」


「僕に鍛冶場を貸して欲しいんです。お願いします」


「場所を貸すのは構わないよ。でも、今の君に?」


 学院長の目は僕を試すかのようだった。じいちゃんの知り合いだという学院長は僕の状態のこともある程度知っていたのかな。

 それでも僕の意思は変わらない。


「はい」


「分かった。今すぐにでも使うのかな?」


 強く頷く。

 もう迷っている暇は無い。


「うん。そういう顔はアイツにそっくりだな、君は」


 嬉しそうに、でも少し寂しそうに学院長は笑った。


「シン君が鍛冶場を使用することを許可しよう。場所は分かるか?」


「はい、大丈夫です」


「そうか。頑張れよ、シン君」


「はい……!」


 学院の敷地の隅の方に小さな小屋がある。外から一見するとボロ小屋という表現が正しいかもしれない。学院を探検していた時にたまたま見つけたものだったが、こんな風に役に立つとは思ってもいなかった。


 小屋の中は外見とは違い掃除されていて、鍛冶に必要な道具も一式揃っている。設備は手入れが行われており、いつでも鍛冶が行える状態だ。


 こんな隅にひっそりと建っているのに、まるでいつでもその時が来るのを待っていたかのように今の僕にはお誂え向きだ。


 魔法鞄マジックバッグの中から槌とボロボロの剣を一本取り出す。

 じいちゃんが僕に課した鍛冶師スミスとしての最終試験。

 この刃こぼれし、刀身は錆び、一見して終わってしまったこの剣に再び息吹を吹き込み打ち直すこと。


 魔法鞄の中から黒い手拭を取り出すと髪が邪魔にならないように巻き付ける。

 魔法でほどに火をくべ、徐々に室温が上がっていくのを感じる。

 暗い鍛冶場に火が灯る。ぱちぱちとほどの中で火花が散る。

 鉄と炭の匂い。この匂いも、肌を焼くほどの熱も、懐かしく感じる。


 僕がこうして鍛冶場に立つのはじいちゃんが失踪する前日。最後に一緒に鍛冶場に入ったっきりだったな。


 あれ以来僕は剣を打つ意味を見出せなかった。

 だから鍛冶場に立つことも、剣を打つこともしなかった。


 信念の無い刀に魂は宿らない。

 じいちゃんが僕に鍛冶を教えてくれるとなった時に、一番最初に僕に放った言葉だ。それこそが鍛冶の基本にして秘奥なのだ、と。


 熱せられたほどの中にボロボロの剣を入れる。


 僕はこれまでじいちゃんの剣を越えることだけを目標に剣を打ち続けてきた。

 より鋭く、よりしなやかで、より堅く、より柔軟な。

 じいちゃんの剣を越える至高の一振りを求めてきた。


 でも、今は違う。僕が望むのはクロエさんを守る力。

 自分の大切な人をこの手で守りきれる力が欲しい。


 ほどに送る魔力の量を増やす。

 火は更に熱く、刀身は赤熱していく。

 赤熱し柔軟になった刀身をじいちゃんから受け取った槌で打ち、変形させる。

 カン、カン、カンという小気味いい音がリズムよく打たれ、槌で打つたび剣が喜び打ちひしがれているのを感じた。


 でもまだこれじゃ足りない。

 ただ熱して再刃するだけじゃ駄目だ。それじゃあじいちゃんの刀に命を吹き込むことは出来ない。


 槌を一度端に置き、息を整えると魔力の流れに集中する。

 思い浮かべるのは唯一つの金属。

 曰く、それは金剛石よりも高い硬度を誇り。

 曰く、それは非常に高い熱伝導率を持つ。

 曰く、それは太陽の様に輝き。

 曰く、それは氷塊の様に冷たい。

 曰く、それは表面が蜃気楼のように歪む。


 世界中の鍛冶師スミスが追い求め、それでも尚見つけることは出来なかった。

 その名は緋緋色金ヒヒイロカネ。神話の金属。御伽噺の鉱石。


 両手に集約した魔力が僕の想像イメージに呼応するように急激に体内の魔力を吸い取りながらソレを具現化していく。

 体内からごっそりと魔力を持っていかれる感覚、例えるなら貧血に近いだろうか。それに苛まれながらも想像イメージすることを決してやめない。


 気付けば全身に玉のような汗を浮かべながら、その手にはしっかりとそれが握り締められていた。

 ほどの火を反射する様は炎のようで、触った感触は氷の様に冷たい。それでいて太陽のような輝きを持つ金属。


 架空の造物、神話の秘宝。

 名を緋緋色金ヒヒイロカネ


 赤熱した刀身の熱が完全に冷め切る前に、僕は緋緋色金ヒヒイロカネを軽く魔法で熱するとすぐさま剣と共に打ち直していく。


 打てば打つほどに、それは剣と容易く一体化していった。まるでそうあることが自然であるかの様に。


「はは……はははっ!」


 何だこれ、訳が分からない! 今はそんなこと考えてる場合じゃないのに。そんなこと分かっているのに。なのに、なのに……。

 でも、槌を振るうのが、剣を打つのが、堪らなく楽しい。


 瞳に、腕に、魔力が迸る感覚を感じる。

 その時剣の声が聞こえてきた。

 剣が僕にどうすればいいのか教えてくれる。

 僕が打ち、剣が応える。鍛冶師と剣の間の会話。


「そうか……。うん、うん、確かにそうだ……! ありがとう! 君のおかげで僕はじいちゃんの言っていた意味が分かった気がする!」


 カン! と一際高い音が鳴る。

 これで後は君を研ぐだけだ。


 刃を、刀身を、丁寧に丁寧に研いでいく。

 研ぎ、磨き、最後に汚れを落としたその姿は間違いない。

 自信を持って言える。この剣は僕がこれまで鍛えた剣の中で最も美しく、最も強い。


あるじ、我を新たに生まれ変わらせてくれて感謝する』


「うぇ!?」


 僕には

 ただ、こんなにもはっきりと剣自身が自我を持って話しかけてくるのは初めてだ。

 いつもは何となくその剣の思っていることが分かる程度なのに。これは一体……。


『我は魔剣。嘗てはあるじの先代、センジ・ムラマサ殿より与えられた銘がありましたが、それも今の我には相応しくないでしょう。あるじが我に新たな銘を刻んでくれませんか』


 打ち直し、真っ新になってしまったこの剣の柄には嘗て彫り込まれていた村正の文字も、その上の掠れた文字の痕跡も無い。


 ただ、覚えていたのは華という字が用いられていたこと。

 僕はその柄のすぐ上にこう刻んだ。


 夢想蓮華・村正。


 じいちゃんは僕が一人前になるまでは決して剣に村正の字を入れることを良しとはしなかった。だから夢想蓮華が僕にとって初めての村正としての剣だ。


『はっ、しかと賜った。これより我はあるじつるぎ。この身朽ち果てる時まで貴方のお傍に』


「ありがとう。普段は長いから蓮華って呼んでもいいかな」


あるじが呼びたいように呼んでください。してあるじの強い想い、槌に打たれながらひしひしとこの身に感じていた。そのために我を打ったのでしょう?』


「うん。話が早くて助かるよ。でもその前に、君はどうしてここまで意思がはっきりしているの? 僕はこれまで君のようにはっきりと自我を持った剣には出会ったことがない」


 僕には確かに剣の声が聞こえるがそれはあくまで朧気なもの。

 剣によってまちまちだが僕が尋ねたことを教えてくれる程度のものだ。しかし、蓮華は違う。明らかに意思を持っているし普通に会話が成立している。


『それは我が魔剣だからです。魔剣とは強力な魔力と鍛冶の卓越した技術、そして村正の異能を以てしてようやく完成する神代の遺物に匹敵する果てしない力を内包した剣のこと』


「待って待って、村正の異能ってなんのこと?」


『はて? 先代より何も聞かされていないので? あるじの剣声を聞くことが出来る力こそ村正の異能。その力なくして魔剣を打つことは叶いません』


 そんな話じいちゃんから一度も聞かされたこと無いんですけど……。


「まあ取り敢えずいいや……。蓮華、僕は僕の大切な人に辛い思いをさせたくない。そのために君の力を貸してくれないか」


『はっ、この身は御身の剣なれば。あるじの願いが私の願いです。何も遠慮なさることはない』


「ありがとう」


 刀身だけでなく他にもボロボロな姿だったのでそのままにしては蓮華が可哀想だろう。柄巻を手早く新しい物に取り換える。紅葉のように紅い柄巻が映える。

 そうだ、と思い付きで持っていた鈴を鞘に括り付けた。


『その鈴は?』


「これはね、お守りだよ。鈴の音には魔を退ける力があるんだってじいちゃんが言ってたんだ」


『然様でしたか』


「よし、できた!」


 こうして完成した姿を見るとやっぱり惚れ惚れとする美しさだ。波打つ波紋の見える華麗な刀身。紅葉色の柄巻が良く映える。


「早速だけどまずは夢想蓮華、君の力がどれほどのものなのか知りたい。だから早速試し切りに行こうか」


『はっ、畏まりました』


 意気揚々と小屋を出ると空は丁度陽が昇ろうとしているところだった。

 おかしいな……。確か僕は放課後割とすぐにここに来て作業を始めたはずだから今が五時くらいだとすると最低でも十二時間以上は小屋に籠って打ち続けてたのか……。


 うん! 随分早く出てこれたな、ラッキーだ。


 僕は左腰に夢想蓮華の鞘を差すと軽快な足取りで駆け出した。

 速くこの剣がどれだけ出来るのか知りたい。僕の初めての魔剣の力を。


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