第九章
第36話 流行病
交渉の結果、社員からパートに戻ることが決定したものの、それまでにやらなくてはいけないことがあった。
新しく受付に加わった二人に業務を引き継がなくてはならない。
引継ぎが順調に進む中、クリニックではコロナ感染第一号が現れた。
リハビリ助手の学生さんだ。
その一週間後に理学療法士の一人が体調を崩した。
院長は、インフルエンザ検査キットとコロナ抗原キットを持たせ検査させたが、両方とも陰性だったため出勤を命じた。
しかし次の日も高熱が続いたため、発熱外来でPCR検査をしたところ陽性反応が出てコロナが判明した。
院内で初めて感染者が出たこともあり、リハビリ室のスタッフは動揺を隠せず右往左往していた。
この状況を見た院長は、アコガレクリニックからコロナ陽性者が出た事を患者さんに伝えないようリハビリスタッフに命じた。
感染したスタッフの事は「自己管理不足だ」と言い、自分の指示なく他院で検査したことに対しても不満げな様子だった。
スタッフの身体を気遣う姿は微塵も見られない。
私もコロナ陽性者になったら、あんな言われ方をするのかな……。
皆も同じような思いでいたのか、クリニック内はどんよりとした空気に覆われていた。
「私は熱が出ても検査などしない。解熱剤飲んで出勤するわ」
セッカチさんの言葉が脅迫に聞こえる。
嫌だなあ~。
早くパートに戻って休みを取りたい。
あと10日だ。
逃げ切ろう。
パートに戻るまでのカウントダウンが始まった。
しかしあろうことか、遂に私はゴール寸前で熱が出てしまったのだ。
その日は休日で、いつもと変わらず起床し、午前は活発に活動して過ごした。
午後になり倦怠感が出たので熱を測ると37度7分あった。
……」
まさか……。
私もコロナになっちゃた……?
明け方4時ごろ喉の痛みが酷く、目が冷めたのを思い出した。
たまにそういうこともあるので、その時は気にしていなかったが急に不安になる。
そしてその不安はどんどん現実となっていく。
昼食を済ませると途端に咳が出始め、あれよ、あれよという間に全身筋肉痛と激しい頭痛に襲われる。
熱を図ると38度になっていた。
熱はその後どんどん上がり、夕方5時には38.8度、夜10時には39度まで上がる。
常備していた解熱剤のカロナール500を飲んで寝たが、夜中大量の汗が出て苦しさは増すばかり。
次の日(二日目)の朝7時に体温を測ると36.7度に下がっていた。
しかし午後になると再び体温は38度まで上がる。咳も酷くなり全身の倦怠感と頭痛で起き上がることもできないほど辛い状態になっていった。
これは普通じゃない。
新型コロナにかかってしまったのだと確信した。
行きつけの内科に連絡をすると、夜7時にPCR検査を受けさせてもらえることになった。
病院へは車で来て駐車場で待つよう指示される。
30分ほど車で待っていると、防具服を着た医師と看護師さんが来てPCRの検査をしてくれた。
「多分オミクロン株でしょう、外には出ないでなるべく家族とも接する機会を少なくしてください」
私と同じ症状の人が最近多いのだと医師から告げられた。
発熱して三日目、朝から熱は37.6度から38度を行ったり来たりしていた。
頭痛が強く、くしゃみ、咳も激しい。インフルエンザにかかって悪化した時の症状と似ている。
内科から咳止めなど薬をもらったが全然効かない。
結局、熱が出て四日目に、コロナウイルスに感染していることが分かった。
その後熱は微熱となり、頭痛、咳は軽減してきたのだが、今度は、臭覚・味覚異常が現れ、食べ物の味がわからなくなっていった。
臭覚・味覚異常は二週間で治ったが、咳が発作的に出る症状は40日程続いた。
コロナは普通の風邪とは違うと身をもって知った。
私がコロナ陽性になった頃には、東京都だけでも陽性者が1万人を超えていたので、保健所との連絡が取れず心配だったが、ワクチンを打っている事と、PCR検査をしてくれた病院から毎日病状確認の電話があったので心強く有難かった。
コロナになった事で、何より大変だったのは、家族に移さないよう感染対策をしなければいけない事だ。
幸い、私以外の家族は誰もうつらなかったので、努力のかいがあったのかもしれない。
病床についている10日間私は、アコガレクリニックに勤めてからの日々をずっと考えていた。
もうあの職場に行きたくないな。
私の身体と心は限界に来ていることを悟った。
病の床にふしているというのに、こうして布団で寝ていられる事に幸せを感じ、アコガレクリニックの環境の悪さを再確認する。
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