第35話 後悔先に立たず

 年は明け。


 出勤初日、私は「パートに戻らせてもらいたい」とセッカチさんに伝えた。


 「やっぱりそう言われると思っていました。年末にハナコさんが暗かったから何かあったのかな?と思っていたんです」

 気づいていたなら理由を聞いてよ。


 ”社員になった事を後悔させたくない”という言葉が頭に浮かぶ。


 後悔しているよ!

 大いに!

 あなたの言葉を信じていたのに。

 こんな扱いをされると疑いもせずに。


 だからこそ何故? と理由を尋ねて欲しかった。


 何も聞かないという事は、私と向き合うつもりはないということなのね?


 あるいは、心あたりがあって、それを私に問い詰められるのが嫌で逃げてしまったの?


 「院長にはハナコさんから言ってくださいね」

 彼女は、もうこれ以上話したくないと突き放すように言い、この話は簡単に終了となった。



 その日のうちに院長から呼ばれた。

 「どうして急にパートに戻りたいと言うんだ? まさか辞めたいなんて言わないよね?」


 「体力の限界を感じてしまったので、申し訳ございませんがパートに戻らせてもらえませんでしょうか」

 ほんとは「賞与に納得いかなかったから」と言いたい気持ちもあったが、下手に理由を言って話が拗れる事は避けたかったので言葉を飲み込んだ。


 すると院長は唐突に思いもよらないことを言い出した。

 「やっぱりここの受付は社員じゃ大変なんだな」

 哀れそうにうんうんと言いがら私の肩をたたく。


 そうだよ! そうだよ! その通りだよ!

 それなのに、他部署のリーダーに私の評価をさせるなんておかしいでしょう?

 理由をきちんと説明してください。

 


 「ハナコさんにはパートに戻っても、今まで通り働いてもらえるだけでありがたい」

 皮肉にしか聞こえない。

   

 「土日出勤してクリニックを守ってくれるから安心していられる」

 白々しい言葉だ。

 

 「パートになっても今までと変わらず頑張ってほしい」

 頑張っていたのにボーナス減額したって事?


 「あっそれから」

 院長は探るように私の顔を覗き込んだ。


 「……?」


 「賞与を減額した件だけれど、他部署からハナコさんにもっと協力してもらいたいという意見がでていたので減額した。セッカチさんの評価ではないよ」


 「……」

 今なんと?


 私の評価はセッカチさんではなく、他部署だけがしたって事ですか?


 その瞬間、私は自分の感情がサーと引くのを感じ、全てがどうでも良くなる。


 もうパートに戻ればそれでいい。


 私がパートに戻りたいと言った二週間後に、シズカさんは受付として採用された。


 受付は、私とセッカチさん、ノンビリさん、土日のみ出勤のヤンキーさん、新たに、シズカさんとキニシヤさんが加わり六人でスタートとなる。


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