第30話 飛んで火に入るサワヤカさん

「来るもの拒まず、去るもの追わず」

アコガレクリニックは出戻りスタッフを歓迎している。


ここを辞めて他へ転職したとしても「戻りたい」と言えば、院長は快く迎え入れてくれるのだ。

しかし、一旦辞めた職場に戻るのは容易な事ではない。


 ある日、以前受付で働いていたサワヤカさんから私のところに連絡がきた。

アコガレクリニックに未練があるという。


 彼女は、ここを辞めてから、内科を三社、眼科を一社、整形外科を一社勤め、転職を繰り返していた。


 サワヤカさんの話では、病院はどこも同じようなもので、院長のパワハラは横行しているし、看護師は気難しいと言う。


受付は彼らから見下されて立場はものすごく低く感じられるそうだ。


 特に最後に勤務した内科は酷かったらしい。


 院長に毎日の様に嫌味を言われ、怒鳴られた事も数知れず。


あろうことか、院長が折につけ、受付の仕事ぶりを点数にし、1点、2点、3点と点数をつけては内申書のように成績表にして本人に渡すというのだ。


 その内容は、患者さんを呼ぶ時の語尾が長いとか、忙しい日に休みを入れる(他のスタッフへの思いやりがないと言われる)等々納得出来ない項目が多く、サワヤカさんは1点や2点を付けられて大層傷ついたそうだ。


そうしているうちに、後頭部に円形脱毛症ができ退職に至ったということだ。


 アコガレクリニックは、人間関係が比較的良かったのに、院長からちょっと嫌なこと言われたくらいで、衝動的に辞めてしまった事を今は後悔していると小さな声で言ってくる。


「もう人間関係で揉めたくない」

うちの院長も変わらないと思うんだけど。


「アコガレクリニックに戻れるか、ハナコさんから聞いてもらえないかな?」 

 私は、サワヤカさんが辞めた時のことを思い出していた。

 衝動的に辞めてしまった彼女のことは、院長もあまり良くは思っていないだろう。


 「リハビリ助手の募集をしているからそれでいいなら院長に聞いてみるよ」

 ちょっと難しいかも?


 「人間関係さえ良ければどこの部署でも働かせてもらいます」

 彼女は相当弱気になっていた。 


 次の日院長に、私は「サワヤカさんが再びここで働きたいと言っている」ことを恐る恐る伝えた。

 ところが私の予想に反して、院長はニコニコしていた。


 「そうだろう、そうだろう、辞めたい人ばかりじゃないんだよ、ここに戻りたい人もいるんだよ」

 たいそうな喜びぶり。


 「……」

 私は、不思議な気持ちで院長の言葉を聞いていた。


 サワヤカさんはリハビリ助手で採用することになったが、受付も兼任するという条件で迎え入れられた。


 しかし院長がここまで気前が良いのには理由があった。


 アコガレクリニックは、電子カルテなのだが、リハビリの患者さんだけは、患者さん専用の指示書(紙のカルテのようなもの)も電子カルテと併用して使用していた。

 オープン時から電子カルテを導入しているのに紙のカルテも一緒に使っていることを、院長とセッカチさんは勿体ないとずっと思っていたようだ。


 「これを機にペーパーレスにしよう」

 なるほどそれであんなに喜んだわけか! 


 サワヤカさんは、他院の整形外科でペーパーレスを経験している。

 即戦力としてリハビリ助手を引っ張る事を期待されたわけだ。


 彼女にとっては、いきなりのリーダーは予定外だったのだろうが、張り切って仕事をしていた。

 院長の目論見通りサワヤカさんはリハビリ部門を引っ張り、ペーパレスへの移行は成功した。

 看護や受付は、サワヤカさんがいると仕事がスムーズに運ぶので、何かにつけ彼女を頼る。

 どうやら、二階の理学療法士さんも彼女を相当頼りにしている様子である。


 ところがそれが良くなかった。

 リハビリ助手の先輩たちの気分を損ねてしまったのだ。

 サワヤカさんは、入って早々に嫉妬され虐められてしまった。


 まるで“飛んで火にいる夏の虫”だ。


 女は怖い。


 サワヤカさんが来る前は、リハビリ助手間で仲たがいしていた二人がいたのだが、シフトを被らないようにして欲しいとそれぞれが上司に頼んでいた。


 ところがサワヤカさんが入ると、揉めていたはずの二人は仲良くなり、今度は二人で結託して、サワヤカさんと一緒のシフトにしないで欲しいと言い出した。

 挙句に、サワヤカさんを辞めさせるか自分たちが辞めるかというところまで事態は悪化した。


 リハビリ室の雰囲気は悪くなり、二階で働く他のスタッフも働きづらいと頻繁に訴えるようになった。

 それに耐えきれなくなったサワヤカさんは、出戻って一年足らずでまたここを去ることになる。


本当に女の嫉妬は怖い!! つくづくそう思った。


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