第28話 ブラック企業の定義
病院勤務経験がなかった私は、勤めてからしばらくの間は何が良くて何がいけないのか判断出来ずにいたが、少し勉強するようになるとクリニックのブラックな部分が目に付くようになった。
例えば、患者への注射の準備は、看護師の資格がある人のみ行えるという決まりがあるのだが、資格もない学生が注射の中身を入れている。
レントゲンを撮れるのは、ドクターか放射線技師だけのはずなのだが、アルバイトの学生や看護助手が時々やらされていた。
本人たちも違法だとわかっているが、雇われているので断れないと言っている。
処方箋は、受付や看護師が電子カルテに中身を入れてオーダーを出すのだが、最終チェックはドクターがする事になっている。
しかし、土日は代診のドクターなのでチェックはさせられないという理由で、看護師やアルバイトの学生が最終チェックをして処方箋を出していた。
処方箋に関しては、看護師さんたちが言うには「これくらいの事は病院なら当たり前のようにやっている事」だそうだ。
勤めているうちに段々感覚が麻痺してくるのだと思う。
不当に料金を多くとっている事への不信感も募って来た。
仕事中や通勤途中にケガをした場合、職場に申請すれば労働災害扱いとなり、本人負担はなく治療ができる。
病院は、治療費を労働基準局に請求する。
だが、患者さんの負担がないのをいい事に理学療法士の施術料を2倍にして請求していた。
交通事故の患者さんも本人負担がないので、理学療法士の施術料を2倍にして計算し、そこから更に上乗せして全体の治療費を2.5倍にして保険会社に請求していた。
電気治療の患者さんには、電気治療代ではなく、マッサージ代(3倍ほど高い)を二単位したことにして、更に2.5倍の治療費を上乗せして請求していた。
つまり、交通事故の患者さんがリハビリすると、通常の6倍もの治療費がクリニックに入っていたのだ。
交通事故は、場合によって違うことがあるのだが、ほとんど自賠責保険扱いになり、病院側が自由に値段を決められる。
良心的な値段をつける病院も多い中、アコガレクリニックはボッタクリもいいところだ。
ある保険会社は、治療途中でうちのクリニックとは契約を打ち切ったのだが、院長はその保険会社の事をケチだと言っていた。
私は密かにその保険会社の言い分が正しいと思っていた。
スタッフが事故をおこして治療することになったことがあるのだが、治療をしない日も治療をしたことにして請求していた。(これは院長の指示ではなくセッカチさんが勝手にクリニックの経営のためにしていた事だと後でわかったが)
「通院したことにすればスタッフも一日分のお金がもらえるし、クリニックも治療代入るからいいのよ」
臆することなくそういうセッカチさん。
そこまでして儲けるという考えに、他の受付スタッフは「辞めて欲しい」と言いながらも、改善するには至らなかった。
もっと驚く事は、通常の治療においても、理学療法士の資格もないただのトレーナーに、理学療法士と並んで治療をさせ、マサージ代を二単位(理学療法士の施術と同等の料金)にして患者さんからいただいていたことだ。
これは完全にアウトのはず。
因みに、他院を色々知っているスタッフに聞いたのだが、放射線技師の資格を持っていないスタッフにレントゲンを撮らせたり、理学療法の料金をごまかしたりすることはなく、アコガレクリニックが特別ブラックだという事が分かった。
こうしてクリニックは相当利益をあげていたのだが、私腹を肥やしているのは院長ばかりで、スタッフへ還元される事はなかった。
院長とセッカチさんは親族で、夏休みに一人100万円の豪華旅行をした。
豪邸も建てた。
高級車も買って出勤していた。
不動産投資もたくさんしているらしい。
スタッフ間でまことしやかに噂されていた。
「経営者は院長なのだから、雇われている私たちは文句は言えないが、スタッフ皆で頑張っているという気持ちはないんだね」
「働く気なくなるよ~」
陰では口々に文句を言っていたのだが、院長とセッカチさんの耳に届くことはなかった。
ベテラン社員の給料は新人社員とさほど変わらない。
仕事の量は増える一方なのに対し、働きに見合う給料ではなかった。
社員は有給が取れると言われていたが誰もとることは出来なかった。
有給を申請すると院長から嫌な顔をされる。と言っているスタッフもいた。
サービス残業も多い。
福利厚生は名ばかりだった。
そんな院長に嫌気がさして、他部署のスタッフが次々とクリニックを去っていった。
スポーツに特化した病院で働きたい。
他の仕事をしたい。
留学する。
出産のため。
退職理由としての建前だが、本音は院長のこうした態度と待遇に対して不満を持ち退職している。
私は本人たちからこっそり本音を聞いていた。
院長は、スタッフを大切に思っていると口では言っていたが、どう贔屓目に見ても大切にされているという実感は、勤めている間中全く持てなかった。
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