第七章
第27話 ウイルス感染対策は必要ないの?
社員になって間もなく、中国武漢市でコロナ感染者の報告が上がった。
それを追うかのように一か月後には国内でも、最初の感染例が確認される。
クリニックでは、この未曾有の事態にどのように対処していいのかわからず、右往左往しながら情報に振り回されていた。
緊急事態宣言が始まると、三蜜にならないようにと、人々が外出を避けるようになり、アコガレクリニックも患者数が25パーセントほど減った。
診察は避け、処方箋のみで来院する患者さんも多くなった。
また、マスクや消毒不足が深刻になり、アコガレクリニックでもマスクの注文が出来ない状態が続いた。
「マスクをアマゾンでゲットしたよ」
「消毒はどこそこに売っていた」
スタッフ間ではそういう話題で持ちきりとなった。
病院によっては、情報を早くキャッチし、スタッフへのマスクや消毒を確保したり、感染対策においても万全を期して臨んでいる中、アコガレクリニックは、何も対策をとらない。
院長の方針は、神経質にならず暫く様子をみる。というものだった。
マスクと手の消毒はしていたのだが、来院する患者さんとスタッフの熱は測らない。
椅子やベットを使ってもいちいち消毒はしない。
手袋もはめないで作業をする。
受付にはビニールシートなどのガードするものもなく、無防備な状態で患者さんと接していた。
「こんな対策なしで仕事をしていたら、そのうちクリニックからコロナ陽性者が出るんじゃない 」
「しばらく出勤しないで休みたい」
ヤンキーさんとノンビリさんは不安でしかたがない様子。
対照的に、セッカチさんは、お菓子も素手で掴んで食べる無頓着さ。
「私は気にしない性格だから」
今は気にして欲しい。
ここのところ彼女は二か月も激しい咳が続いている。
周りのスタッフは、セッカチさんがあまりにも激しく咳込むので、コロナウイルスに感染しているんじゃないか? と陰で噂をしていた。
本人は咳喘息だと言っていたが、そっと距離を置く周りのスタッフ。その横で毎日一緒に仕事をしている私としては気が気ではない。
ヤンキーさんが心配して、セッカチさんに病院へ行くよう何回も勧めたが「下手に検査してもしもコロナだったらクリニックに迷惑かかるから検査しない」と言う始末。
と言うことはコロナに感染したとしても黙って出勤し続けるつもり? 背筋が寒くなる。
ウイルスをまき散らしてもっとクリニックに迷惑がかかるとは考えないの?!
価値観の違いに打ちのめされる気がした。
私はこの先、この人と上手くやっていけないだろうな。そんな予感がした。
セッカチさんだけではない。
院長もまた 感染対策をするよりも、いかに患者さんが減らないようにするための施策ばかり考えていて、“木を見て森を見ず”の二人の行動に、私は疑問を抱きながら悶々と過ごしていた。
ある日の朝、院長は高熱の中解熱剤を飲んで出勤した。
念のためインフルエンザの検査をしてみると陽性反応が出てしまった。
それでも診察は続け、休むことなくずっと出勤していた。
近くにいたスタッフは、予防薬のタミフルを薬局からもらい飲んだが、院長の診察を受けた何も知らない患者さんに対して、不誠実な行為だと思わざるを得なかった。
「休診にしないんですか?」
不安気に聞くスタッフ。
「このことは患者さんに知られないように」
院長はそう言って口止めしていた。
それから何日か過ぎた頃、保健所からクリニックに電話が入った。
誰かが保健所に通報したのだ。
院長は、それを反省するどころか、誰が密告したのか? と該当しそうなスタッフの犯人捜しを始めた。
何故誰も院長の行為にストップをかけられないんだろう?
明らかに間違ったことをしているのに……。
私の心は、猜疑心と後ろ暗さに蝕まれていった。
そして心がだんだん苦しくなっていく。
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