第20話 院長の身内(セッカチさん)の取説

 転職活動に失敗し、もう少しこの職場で頑張って見ようと決めたものの 「さてどうしようか……?」


「セッカチさんを喜ばせることは僕を喜ばせる事」

 折に触れて院長から言われた言葉である。


 どうやら私の役目は彼女を喜ばせることらしい。


 私は、セッカチさんが仕事をしやすいように動く事を目標にし、割り切って働くことにした。


 あと一年これでやっていこう。転職を視野に入れながら。



 ところで、セッカチさんは八方美人だ。


 自らそのように公言していている。


 誰からも嫌われたくないし、皆から好かれたいそうだ。


 幼少の頃からずっと他人の目を気にして生きてきて、親にも気を使うと言っていた。


 そして怒られないように先回りして動くので、ほとんど怒られた事がないらしい。


 私とヤンキーさんは、八方美人とは無縁で、セッカチさんのそういう性格を受け入れる事は難しかったし、気持ちを察して上手く立ち回る事も出来なかった。


 価値観が全く違うので合うはずがないのだ。


 しかしここで働く以上、そんな事は言っていられない。


 また、セッカチさんは、自分がやってほしい事・やって欲しくない事をはっきり言わない。


 「ハナコさんはこうした方がいいですよね?」


 「私はどっちでもいいんですが、その方がハナコさんにとっていいですよね」

 人に何かをやらせたい時の彼女の決め台詞である。


 自分が望む事を相手が自ら動くよう仕向ける。


 「誰々さんがハナコさんの事こぼしていました。私は良いと思っているのに」


 「院長が怒っているので気を付けた方がいいですよ」

 逆に何かを窘める時は、他のスタッフや院長の名前を出して脅しにかける。


 それを言われると、最初の頃は、陰口を言う何々さんや院長に対して嫌な感情を持っていたが、そのうちからくりが分って来た。


 セッカチさんが周りに相談する形をとり、相談された人が「そうだよね」と承認してくれると、その人が言っていると伝えることが分かってきた。


 院長の身内である彼女に文句を言う人など一人もいないし、上司なのだから、はっきり自分の意見として伝えればいいと思うのだが、彼女はいつもこんな伝え方をするので、誤解が生まれ、他部署との関係もギクシャクしていく。


 しだいに、受付三人は孤立していき、じわじわと搾取されていった。


 それが分っていても、私は“見ざる聞かざる言わざる”の精神でセッカチさんに接し、彼女の言動を窘めることはしなかった。


 この行動を不憫に思ったのか、ヤンキーさんは事ある毎に、「そこまでやる必要ないよ」と哀れそうに言っていた。


 今となってみれば、こうした私の行動が、甘く見られてしまったのだと思うのだが、当時はその方法しか思いつかず、ストレスで精神が消耗していった。



 

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