第11話 院長謝罪に行く

 受付のメンバーの内、フシギさん・メガミさん・私は、リハビリ助手の仕事も兼任していて、時々リハビリの助手としてもシフトに入る事があった。


 それは私がリハビリ室で案内していた時の事。


 奥にあるベットの方から叫び声が聞こえた。


 急いでそこに駆け付けると、患者さんが仁王立ちになって険しい表情をしていた。


 聞けば、フシギさんにリハビリ器具を取り付けてもらった後、暫くすると電気が強くなり痛みを感じるようになってきたとの事。


 そして「痛い」と叫んで、隣のベットにいたフシギさんを呼んだのだが、いつまで待っても来てくれなかったそうだ。


 患者さんは、「痛いと言っているのにそのままにするなんて」と大層ご立腹である。


 私はすぐに謝りもう一度器具を取り付けようとしたが、患者さんの怒りはおさまらなかった。


 「どうしてこんな事態になるのか説明してください」

 説明なしで治療は怖くてできないという。


 これは機械をつけた本人でないとわからないな。


 フシギさんを呼ぶ。


 しかし、ここで驚愕の事実が発覚。


 なんと、フシギさんは自分が怒られていることに気づいていなかったのだ。


 仕方がないので、患者さんとのやり取りの内容を説明し、このような事態が起きた原因を患者さんに説明するように言ったのだが、呆れることに、フシギさん自身も理由がわからない様できちんと説明が出来なかった。


 結局その日は患者さんに帰っていただき、次回までに原因を調べて対策を練るということで納得して頂いた。



 そんなある日大きな事件が起きた。私とフシギさんが受付で仕事をしていた時の事。


 一人の患者さんが保険証を持参しないで来院した。

 こういう場合は、治療費を一旦全額自費で頂き、後日保険証の確認が取れたら、自費で預かっていた差額分を返すことになっている。


 ところがフシギさんは、なにを勘違いしたのか、その人を見た目で、生活保護の人だと決めつけてしまったようで、料金を頂かないで帰してしまった。


 生活保護の人は、役所から医療券をもらい、保険証の代わりにそれを提出すれば料金はかからない仕組みになっている。


 医療券は役所から自動的に病院に送られてくる場合があり、そういう患者さんは医療券を持参しなくても治療費をいただかない。


 医療券の確認はとる必要があるのだが、電子カルテに記載されているのですぐわかるようになっている。これを怠ったものと見られる。


 しかし後日、その患者さんは生活保護でないということが判明した。


 患者さんに連絡して、保険証を持参してもらう事になったのだが、困ったことに治療費も3割分頂かないといけない。


 フシギさんは患者さんにどう説明するのかな?と思いながら二人で待っていると、不機嫌そうな顔をしてその患者さんがやってきた。


 「どうして俺の治療費がただだったのか説明してもらおうじゃないか?ただにしたのに今更払えと言ってくるなんてふざけている」


 お酒を飲んでいるのか真っ赤な顔でその患者さんは捲し立てた。


 流石に見た目で判断してしまったとは言えないよね。


 でもやってしまった事は仕方がない。ここは下手な言い訳するより素直に自分の勘違いだったと謝るしかない。


 ところが私の心情とは裏腹に、フシギさんはびくともせず、患者さんが保険証を持参しなかったからこうなったのだと主張し、怒らせたまま帰してしまった。


 「このまま帰しちゃまずいんじゃない?」

 患者さんを呼び止めようとする私を制してフシギさんはなんてことないように言う。


「酔っぱらっているんだから相手にしても仕方ないよ、大丈夫でしょう」


 大丈夫じゃないと思うんだけどな……


 私の予感は的中した。



 次の日、フシギさんと私は二階でリハビリ助手の仕事をすることになっていた。


 受付はメガミさんとサワヤカさんが当番だった。


 診療が始まり次々と患者さんが二階に上がってくる。


 一人の患者さんが言った。


 「一階の受付で大声で騒いでいる患者さんがいるわよ」


 きた~!

 

 やっぱり~!


 急いで階段に近づく。怒鳴り声がそこまで聞こえてきた。


 耳を澄まして聞いていると、怒鳴っている内容から昨日の患者さんらしい。


 「昨日の受付の女はどこだ」と言っているようだ。


 受付から内線がくる。


 「今日は凄く混んでいて忙しいのに昨日の患者さんが来ていて怒鳴っているのよ。フシギさんをすぐ下に降ろして」

 電話をとるや否やいつも冷静なメガミさんが金切り声で叫んだ。


 ところが、先ほどまで一緒にいたフシギさんがどこを探してもいない。


 さては逃げたな。


 気まずい気持ちはわかるが、昨日受付にいなかった二人に、怒っている患者さんの対応をさせる分けにはいかないでしょう。 


 しばらくして外階段に隠れているフシギさんを見つけた。


 「昨日の患者さんが来院していてフシギさんを呼んでいるから早く下に降りて二人を助けてあげて」


 しかしフシギさんは無責任なことに、ハナコさんが行った方が良いと平然と言う。


 「私が行っても事態は悪化するだけだから行かない方がいいよ」


 確かにそうかもしれないけれど……。


 フシギさんがしたことなんだよ!?


 あなたがここにいるのに私が謝りに行くの!?


 無理やりにでもフシギさんに行かせたい感情にかられたが、他の患者さんに迷惑かけるわけにはいかない。


 覚悟を決めて一階に降りていく。


 やっぱりあの患者さんだ!!


 診察待ちの患者さんが一斉にこちらを見ている。


 「申し訳ございません。昨日対応した者はあいにく席を外しています。私でよろしければお話聞かせて頂いても宜しいでしょうか」


 しかしその患者さんは、昨日の女が来ないなら院長と話すと言って引き下がれない勢いだ。


 ダメだ。もう収まりそうにないな。そう直感した。


 一応、こういう時のためのマニュアルがあり、患者さんが怒っている時は、例えこちらに非がなくても、怒らせた事に対して、「申し訳ございません」と謝る事になっている。


 そして、患者さんの訴えを一通り聞いてまずは落ち着いて頂く。


 実際、今回はかなりこちらの落ち度があるので、メガミさんとサワヤカさんがかわるがわる話を聞きながら患者さんの怒りが静まるのを待った。


 暫くして診察室に呼ばれ、院長と話した後おとなしく帰ったように見えたが、事態は簡単には収まらなかった様だ。


 なんとその日の夜、院長が折り菓子を持って謝罪しに行く羽目になったのだ。


 こんな事件を起こしながら、フシギさんは院長からも上司からも簡単な注意で終わり、ただとばっちり受けだけと思われるメガミさんが「対応悪い」と怒られた。


 その理由としては、フシギさんが手違いで患者さんを怒らせたのは仕方ない事。

 次の日怒って来院してきた患者さんの怒りを止められず、診察室まで入れる結果となる原因を作った社員のメガミさんがいけない。ということであった。


 それはおかしい?!


 患者さんは昨日の事を怒っていて、今日は来るなり戦闘モードだった。


 メガミさんはどうすることも出来なかったはず。 


 それなのにメガミさんだけが悪者扱いされるなんて……。


 これってメガミさんに対するパワハラじゃないですか!?


 院長! もっと公平にみて判断してください!


 結局、その後のインシデントではメガミさんが中心となって反省文を書かされた。


 私はこの事件があって以来、院長の偏った考えとスタッフに対しての不公平な扱いに疑問を持つようになった。


 そして、「このクリニックは大丈夫なんだろうか」と不安が心の底に蓄積されて行く。


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