第30話

勇者として託宣を受けて魔王を倒す筈が、今は勇者としてとかって託宣を投げ出して魔王と共に世界を巡って好き勝手して人間に危害を加える魔族をなんとかする旅をすることになった。

本当にこの世は分からないことが起こる。

……起こしたのは私だけれど。

カルシアさんが魔王なのは相変わらずだ。


「とりあえず、今まで行ったことのない地域へ行こう」

という指針の元、てくてく歩いて再度の旅に出た。

魔物は相変わらず出てくるので戦って切って殺して切って殺しての繰り返し、それからの私達の旅は特に語って聞かせるような派手さもなにもない。

ただ、ひたすら魔族を探して説得をし話が通じないのは戦闘で決着をつけさせてもらった。

大体の魔族は、勇者と魔王が頭を下げて頼む様子に愉快、愉快と笑っては人間が手出しをしないなら大人しくしておくと約束してくれた。

ちなみにいつ破るかは魔族の気紛れ次第だそうだ。

でも、それでも前進だった。

人間側にも話をした。

魔族や魔物に大切な人を殺された人にはむりだけど、私の理想論を立ち寄る村や街で語って聞かせた。

顰蹙を買う方が多かったけれど、それでも諦めたくはない。

人間側の意識も、魔族側の在り方も変えてみせたい。

平和な世界にするために、私が選んだ道だから。




野営の準備をして、狩った食材でご飯を食べてカルシアさんが淹れてくれたお茶とアデリアさんがくれたクッキーで食後の団欒に突入した。

……今ならいいかな。

「星が綺麗ですからね。最後の最後にひとつよろしいでしょうか?」

「なんでしょうか?」

カルシアさんに向き合う。

「勇者と魔王の対決、しましょうか」

「……そう、ですね」

カルシアさんが強張る。

ここで戦うわけがないのに。

長いこと旅をしても私のことを分かってくれないことに少し拗ねてしまう。

「ばーか、ばーか。カルシアさんの意地っ張り、頑固者ー!」

「はい?」

「口喧嘩も立派な対決です!」

ドヤッとする私にアデリアさんもイースさんもカルシアさんも呆れている。

「え…ええと、アルテさんのおたんこなす!」

悪口を言い慣れていないカルシアさんが精一杯貶めようとするの、いいな。

なんて変な趣味に目覚めそうになりながらもお互いにくだらない言い合いを続けた。

アデリアさんとイースさんは最初は見守っていたが、今はリラックスしてティータイムだ。

「そうやって簡単に魔王を辞めるの諦めて、意志薄弱!」

「誰が簡単に諦めたんですか!何百年、皆を説得し続けたと思っているんですか!」

「知りませんよ、そんなこと!」

「そんなことって…」

カルシアさんがどんな苦労をしてきたか知らない。

何百年一人でどれだけ言葉を重ねてきたか分からない。

だから言えるんだ。

それでもカルシアさんは首を横に振る。

「魔王、辞めたいですけどね。どう辞めたらいいんでしょう?今が楽しくて、それでいいとも思うんですけどね。ねぇ、アルテさん。私はどうしたらいいんでしょうか?」

「そんなこと、まっっったく分かりません!!!」

私が強く言ったのは初めてのことで、カルシアさんは驚いたように瞬きを繰り返す。

「私だって勇者になんてなりたくなかったです!でも、実際には勇者なんて肩書きがなくてもここまで来れた。みんなで旅をしてカルシアさんもキースさんも説得出来た。魔族と人間側の和平の道も少しずつ進んでいっている!カルシアさんも、一歩を踏み出せばいいんですよ!」

通じるだろうか、私の気持ち。

通じてほしいな、私の気持ち。

カルシアさんはまっすぐに私を見返して心の内を教えてくれた。

「私は…私も争いたくなんてなかった。魔王ではなくこのまま何者でもなく気ままに旅をしてみたかった。でも、私は魔王です。そう決められてしまった」

「決められてしまったって誰にですか?魔族にも託宣があるんですか?」

カルシアさんが首を振る。

「昔の皆です。まだ、魔族らしかった私に魔王の地位を望みました。私はなりたくはなかったけれど、気が付けば皆が私を魔王として崇めていました」

魔族らしかったカルシアさんか、ちょっと見てみたい気もする。

あの偉そうな椅子でふんぞり返っていたんだろうか?

「じゃあ、やめちゃいましょうよ。そんな古い皆の決め付けなんて、知ったこっちゃないですよ」

カルシアさんは本当に変なところで頑固で決めたら一途にやり通す。

だからここまで苦しんだんだろう。

「そんなに簡単にはいかないんですよ」

「大丈夫ですよ。元村人が勇者になっちゃう世界ですよ。カルシアさんが魔王を辞められるなら、きっと今なんです。今更とか無理だとか、諦める前にやってみましょうよ。じゃなきゃ勇者としてやってきた私の意味がなくなります。そして、私が勇者を辞める意味も」

カルシアさんが瞬きを繰り返す。

アデリアさんもイースさんもまだ沈黙してくれている。

これは、私が勇者を辞めるのと同時にカルシアさんが魔王を辞める戦いだ。


「大丈夫ですよ!アデリアさんもイースさんもいます。カルシアさんの居場所はここにあります。もちろん私の居場所も。だって私達、仲間じゃないですか。一緒にいさせてくださいよ」

へらりといつものように笑うとカルシアさんが呆れたようにため息を吐いた。

「随分と我儘ですねぇ」

「そうですよ。カルシアさんが散々言ったじゃないですか。私、我儘なんですよ」

へらり、へらりといつもの調子で笑うと、カルシアさんもようやく微笑んでくれた。




『殺しに慣れることなく、魔王も倒さず、平和にしてみせよう。』

私が付けた、勇者の託宣の意味。

出来たかな?出来ているといいな。

いや、殺しには慣れたくないけど慣れてしまった。

たくさん殺してここまで来た。

両手はもう血で濡れている。

これからも魔物や狂暴な動物が現れたりしたら傷付けるだろう。

でも殺したくはないし平和的解決が出来るならそうしたいので慣れたくないのは正解だ。


託宣の意味、出来たと思うことにしよう。


こうして、私の『勇者』としての旅は終わった。

『勇者』として正しいかは分からない。

けど、アルテとしては納得のいく結末だと思う。

これからは『勇者として』『魔王として』じゃなくて、単なる冒険家としてみんなと旅をしていくんだ。

楽しみだな。


アデリアさんもイースさんもカルシアさんも笑っている。

それでいいんだ。

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