第28話

翌朝目覚めると、すでにイースさんのお母さんが朝ご飯を作ってくれていた。

両隣にはキースさんとイースさんもいる。

「すみません。ありがとうございます」

「いいのよぉ。お客様は気にしないで」

にっこり笑顔のイースさんのお母さんに絆されて、お言葉に甘えてダイニングテーブルでアデリアさん達と喋りながら朝食を待った。


「おまちどうさま~!」

運ばれてきた朝食は、とてもいい匂いがした。

全員で揃って「いただきます」と言ったあとは料理に舌鼓を打ちながらもぐもぐ元気よく食べる。

美味しい食卓をみんなで囲むのはいいことだ。

「とても美味しいです!」

「そう?良かったわ~!」

イースさんのお母さんに賛辞を送る。

イースさんは昨日話せなかった分、今までの旅についてお母さんに話していた。

微笑ましい光景だな、と思った。

昨日イースさんのお母さんが言ったように、魔王と人間とハーフが同じ食卓でご飯を食べている。

何気なく過ごしているけれど、これはすごいことなんだよな。

どうしたらもっと他のみんなの距離が近付けられるんだろう?

偏見や差別が失くなるんだろう?

少なくとも、魔族も反魔王派以外はカルシアさんの命令で人間への危害はそこまでのことはやっていないから人間側の意識を変えなくてはいけない。

……どうやって?やはり地道な説得しかないかなぁ。

何百年、何千年続いたと言われる歴史を私達の世代で終わらせられる訳がないと思いつつ、次の世代には笑って誰とでも過ごしてほしい。

……何百年掛かるだろうか?

そもそも反魔王派もまだいるのに。

問題が山積みだ。

朝食を租借しながら堂々巡りの悩みについて考える。



そんな私をキースさんが頬杖をついたままなんてことのないように言った。

「カルシアが魔王のままでいい」

「…………えっ!?」

考えが一気に吹き飛んだ。

「何故、急に私が魔王でいいと認める気になったのですか?」

カルシアさんも訝しげだ。

それはそうだ。

昨日散々腑抜けやらなんやら言われた。

「反魔王派全員が俺の管轄じゃねぇし確約は出来ないが、俺の部下にはカルシアの命令通りに人間に危害を加えるなと言っておいてやる」

「お父さん、一体どんな心境の変化なんですか?」

イースさんも驚いている。

「やっぱり、イースさんのお父さんで奥さんの旦那さんだからいい人なんだよ!」

にこやかに独自の理論を言うのはアデリアさん。

いや、昨日ボロクソに言われてましたけどね!


「腑抜けと腑抜け、ふやふやにふやけた世界の方が作り直しやすいだろ」

キースさんがそっぽを向いて言い放つ。

「それって、私達のやり方を認めてくれたってことですか?」

「さぁな」

ふてぶてしい表情のままいるところへイースさんのお母さんからフォローが入る。

「キースくん、素直になれない照れ屋さんでごめんなさいね~」

「誰が素直になれない照れ屋だ」

「じゃあ、素直ってことなんですよね」

調子に乗って軽口を叩けば睨まれた。

キースさんは頭を掻いてため息を吐いた。

「そこのも元の世界に戻してやるよ」

ハヤトさんを指差して軽く言われる。

本当に、一晩でどんな心境の変化があったんだ?

「新魔王はいいんですか?」

「カルシアが魔王のままなら要らんだろ」

勝手に召喚しておいてなんて言い草だ。

「俺、戻れるんですか…?」

「そう言っているだろう」

鬱陶しげなキースさんの言葉にハヤトさんが泣きそうになる。

そうだよな。急に異世界に召喚されて新魔王だとか言われたわりに放置されてて今まで一人でどんなに心細かっただろうか。

「よかったですね、ハヤトさん」

「はい!」

初めてこんな満面の笑顔を見るな。

やっぱり、人の笑顔はいいものだ。


キースさんが召喚陣を書くと言って庭へ出た。

もうお別れなんて早くないですか!?

全然話をしてないんですけど!?

と、慌ててハヤトさんに話を聞きにいった。

「ハヤトさんにとって、この世界ってどうだった?」

「正直ほとんど魔王城に監禁状態だしいきなり見知らぬ世界だし新魔王とか言われているのに敬われていなくて心折れそうでしたけど、アルテさん達と旅をしているのは楽しかったですよ!」

「……カルシアさんが魔王だったことは?キースさんが無理矢理召喚したことは?」

恐る恐る訊ねると、ハヤトさんは少し困った顔をした。

「初めはこんなことになった原因の魔王に何か言ってやれたらいいなぁとか思っていたんですけど、カルシアさんいい人だしキースさんもなんかいい人っぽいんで、まぁ、貴重な体験だったと思って心に仕舞っておきます。……そうだ!これを経験に小説とか書いても面白いかもしれませんね!主人公が俺で『いきなり魔王にさせられたがまったく敬われていなくて勇者パーティーに救われる』とか!」

「なにそれ、事実じゃん。異世界じゃそういう物語が売れるの?」

「異世界ものは鉄板ですよ!」

「ふーん」

やっぱり異世界のことはよく分からない。


「ほら、魔方陣が出来たぞ。さっさと入れ」

キースさんからの呼び出しにハヤトさんが慌てて走っていった。

ハヤトさんを乗せた魔方陣が光る。

「ハヤトさん!就活、頑張ってね!」

「はい!大変だけど、世界をなんとかしたいっていうアルテさん達に比べたら就活くらい頑張れる気がしてきました!」

誉められているのか貶されているのかよく分かんないな!

魔方陣の光が一際強くなって消えたと思ったらハヤトさんも居なくなっていた。

きっと元の世界に戻ったんだろう。


「あんまり話せなかったな。せっかく異世界人が来たのに」

私が呟けばイースさんのお母さんが同調してくれた。

「そうねぇ。あなたたちもいつかは旅立つし、宴会とかの大規模なおもてなしはしばらく出来ないかしら?」

少し寂しげに呟けばキースさんが奥さんの肩を抱いて言った。

「宴会ならまた出来る……そのうち部下を連れてくるからもてなしてやってくれ」

「キースさん、耳まで赤い」

「喧しいぞ!腑抜け!!」

事実を言ったのに罵られた。解せぬ。

イースさんのお母さんがとても嬉しそうに微笑んだ。

「なら、腕によりをかけておもてなししないといけませんね。キースくんの職場での話も聞きたいし」

「それは聞かなくていい」

仲良し夫婦にイースさんも後ろから着いていって笑っている。

魔族のキースさんと人間のイースさんのお母さんとその息子のイースさん。

こんな風に種族が違っても笑い合えるのって、やっぱりいいよな。素敵だな。

こんな世界を作りたい。

争いをなくして、種族や貧富の差で差別や区別がされない世の中にしたい。

そのためにはどうするか。

私は、もう一人で悩まない。

みんなで悩んでくれるって教えてくれたから。

馬鹿な私が一人で悩むより、みんなで悩んだ方が解決策がきっと出る。

なんていったって勇者と魔王がいるんだ。

魔族と人間のハーフであるイースさんも、そんなイースさんや魔王カルシアさんを受け入れてしまうアデリアさんもいる。

考えよう。

そして争いを終わらせよう。




こうしてハヤトさんは元の世界に戻っていった。

異世界か…どんなところかもっと話を聞けばよかったな。

写真とかいうのがあれば、今この瞬間を撮れるらしい。

平和な時間。

でも、それもいつかは終わらせなきゃいけない。

カルシアさんが魔王として、どう動くかでこれからが変わってくる。

本人は魔王になんてなりたくないと言っていたから、説得の余地はある。

現に、魔族の領域の帰り道は魔族を押さえてくれていた。

このままキースさんが反魔王派を抑えてくれていて、魔王と反魔王派代表のキースさんが手に手を取ってくれたら、希望はある。

魔族が人間を襲わず、人間も魔族を嫌悪しない世界。

作れたらいいな。作らなきゃ。

それが、私の勇者としての意味だと思いたい。

『殺しに慣れることなく、魔王も倒さず、平和にしてみせよう。』

私が付けた、勇者の託宣の意味。

実現してみせたい。


私が勇者になった意味を私が決めたから。


まずは、カルシアさんとキースさんと話をしないと。

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