第27話

「お前が勇者に選ばれた意味ってのはなんだ?」

キースさんが相変わらず楽しそうに訊ねる。

「魔族と人間の戦いを終わらせることです」

「そうか」

一言呟いてお酒を飲む。

そのそうかはどういう意味なんだろうか?

「勇者も魔王も腑抜けだと、周りが苦労するな」

「そうですね。でも、それが私が勇者に選ばれた意味だと思うんです。……そう信じたい、の方が強いんですけど」

キースさんは再び「そうか」と言うと、それっきり黙ってしまった。

かと思いきや寝ていた。

「ごめんなさいねぇ。この人、お酒が弱いのに魔王様と勇者様がいらして緊張して普段は飲まないお酒を飲みすぎちゃったみたい」

朗らかに言われるが、キースさん本当に普通にいい人じゃないか?いや、いい魔族?

もう寝てしまって今日は話が出来そうもないなと、肌掛けを羽織らせているイースさんのお母さんとキースさんを見て思った。

そう思ったのは他のみんなも同じようで、やっと妙な緊張感から解放されて食事を楽しめた。

イースさんのお母さんのお料理は本当にとても美味しい!

「おかわり!」

と、他人の家で言ってしまったのは内緒にしたい。

その日はイースさんのお母さんの勧めもあり、みんなでイースさんの家に泊まることになった。

イースさんは久々の自室で休めることに嬉しそうだった。

私達は三人で一部屋、来客用の布団二つを寄せ集めて雑魚寝することになった。

ハヤトさんは別室にしてもらった。

キースさんの被害者だしね!アデリアさんと同室にするわけにはいかないしね!VIP待遇で一人部屋だよ。

雑魚寝は慣れてるとはいえ、イースさんの家でするのは不思議な感覚だった。

今日のキースさんとの話で、何か掴めただろうか。

考えは変わってくれただろうか?

せめてハヤトさんは元の世界に返したい。

ごろごろ布団で転がりながら考える。




深夜。

キースさんとの会話を思い出しもやもやして眠れずとりあえず一階に降りてみたら、リビングでイースさんのお母さんがイースさんの洋服を繕っていた。

キースさんは相変わらずダイニングの机で寝ていた。

これは翌朝体が痛くなるパターンだな。

……魔族だから丈夫なのかな?

しばらく二人を眺めていたらイースさんのお母さんに気付かれた。

「あら?アルテさん、寝れないんですか?ホットミルクでも淹れましょうか?」

ホットミルク…抗いがたい誘惑だ。

「すみません、お願いしてもいいですか?」

「もちろんですよ!」

にっこり笑う姿にイースさんは嫌がりそうだけど父親似だなと思った。

「どうぞ」

と、差し出されたホットミルクは熱くて少し冷ましてから飲もうと思ったらイースさんのお母さんが口を開いた。

「あの子、お洋服がこんなにボロボロになるまで旅をしてきたんですねぇ」

慈しむように、愛おしそうに再び一針一針縫っていく。

「息子さんを危険な目に合わせてすみません」

頭を下げるとイースさんのお母さんが朗らかに笑った。

「いいんですよぉ!男の子は冒険して成長するものです。キースくんもね、若い頃はヤンチャしてたんですよ」

魔族のヤンチャはヤンチャで済まされる程度なのか?

「お二人の馴れ初めとかって聞いてもいいですか?」

そこに魔族と人間の共存の可能性があるかもしれない。

「私のは参考にならないと思いますよ」

イースさんのお母さんがちょっと困ったように言う。

「キースくんがね、ある日突然現れて花束を持って求婚して来たんです」

「へー…えっ!?」

「魔族とか人間の垣根を最初に越えてきたのはキースくんなんですよ。最初はね、私も魔族相手にって断りました。でも、何度も何度も求婚されて、気が付いたらキースくんが訪ねてくるのを心待ちにしていたんです」

キースさん、意外と情熱的なんだなとか以前に人間なんかとか言っていたのに奥さんに惚れて求婚したのがキースさんってのが意外だった。

なら、人間と魔族の橋渡しも積極的に参加してくれないかな。

散々ボロクソに言われていたけれど、今は反魔王派だけど、人間であるイースさんのお母さんを愛する心があるなら分かってくれる筈、と期待をしたい。

私が考えているとイースさんのお母さんが話を続ける。

「キースくん、優しいから下の子達から頼まれたら断れないのよ。だから新魔王なんて馬鹿なことをしたんだと思うの。ごめんなさいね」

イースさんのお母さんがすまなそうに言うけれど、悪いのは魔王という職務を放棄したカルシアさんにもある。

なんて、カルシアさんには言えないけれど。

「キースさんのことがとてもお好きなんですね」

「当たり前よ~!」

イースさんのお母さんがにっこり笑顔で言う。

「私とキースくんなんて、魔族と人間なのにラブラブで可愛い息子までいるのよ?」

その通りだと思った。

「素敵ですね」

「その素敵を、私達だけじゃなくてあなた達の手ですべて素敵な世界にするんでしょう?」

イースさんのお母さんがにっこり笑う。

私も笑う。

その通りだ。

魔族も人間も関係ない、素敵な世界を作れたらいいな。

作るんだ。それが私が勇者でカルシアさんが魔王である意味なんだ。多分。

でも、この問題は根が深い。

私達の世代だけで解決できるかどうか。


「私には、アルテさんが勇者でカルシアさんが魔王である意味があると思うわ。だって、人間と魔族の子供であるイースを受け入れてくれたんだもの。もちろんアデリアさんも。普通の人間なのにね」

イースさんのお母さんは本当にすごい。

悩んでいること、考えていることが分かってしまうみたいだ。


私達が勇者パーティーである意味。

……カルシアさんは本当は託宣で選ばれたパーティーメンバーじゃないけれど、今ではカルシアさん以外の仲間なんて考えられない。

深入りしないように、馴れ合わないようにしようとか、最初のうちには思っていたのになぁ。

みんなのこと、随分と深い場所まで私の中で存在している。

「私も、私達が勇者パーティーに選ばれてよかったと思っています。……カルシアさんは本当は違うんですけどね」

へらっと笑うとイースさんのお母さんもふふふと笑い返してくれる。

「あのね、だから私はあなた達があなた達である意味があると思うわ。世界がどうとか規模が大きすぎて私には分からないけれど、今日みたくみんなでご飯を食べれるようになったらいいわよね。私もね、キースくんの部下にご挨拶したいもの」

にこにこ笑って言い募るイースさんのお母さんが語るのは、私が夢見た未来だ。

魔族も人間も関係なく、みんなでご飯を食べて、喋れたらいいな。

「そうですね…そういう世界にしたいです。…キースさんの部下の方にはお会いしたことないんですか?」

ふと気になったことを訊ねた。

「そうなのよ。なかなか人間と結婚したって言えないみたい。立場とかなんだとか。……私はそれが少し寂しいからあなた達に頑張ってほしいのかもね。私達のこと、キースくんの大切な部下にも誰にでも祝福されたいわ」

「現状じゃあ、魔族と人間の仲を認めるなんて厳しいですね…」

私達もそこで躓いている訳だし。

本当に、どうしたら魔族も人間も関係ない世界になるんだろうか?

馬鹿な私には考え付かない。

まだまだ考え中だ。

こんなんだからキースさんにも腑抜けと言われるんだろうな。


「ただ、みんなほんの少し違うだけなのにね、難しいわね」


イースさんのお母さんが微笑む。

キースさんの奥さんで、イースさんのお母さんは、私なんかより偉大だった。

「すごいですね」

私なんかよりよっぽど勇者っぽい。


勇者って、なんなんだろうな。



「いただきます」

何十回、何百回目かの疑問を流し込むようにイースさんのお母さんが淹れてくれたホットミルクを飲む。

カルシアさんとは違った温かさがあった。


ホットミルクに夢中になっていた私は、もぞりと動いたキースさんには気が付かなかった。

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