第26話

イースさんのお母さんに紹介されたキースさんは確かにイースさんに似ていた。

成長したらこんな感じになりそうだろうなって思う。キースさんの方が性格が悪そうだけど。

「久し振りだな、イース。すっかりでかくなったな」

意外と父親らしいことを言うキースさんにイースさんも戸惑いながらも答える。

「お久し振りです、……父さん」

父さんと答えるのに戸惑うのも分かるが、ここでイースさんのお母さんから朗らかに提案があった。

「積もる話もあるだろうし、夕食を食べながら皆でお話ししましょう~!」

……このメンバーで?とは思ったけれど空腹に逆らえないしイースさんのお母さんは何も知らないわけだからここで事を荒げるわけにはいかない。

ありがたく食卓にご相伴させていただいた。

イースさんのお母さんが食事の支度を始めると、キースさんは無言で手伝い始めた。

手際がいい。

「母さん、僕も手伝います」

そう言ってイースさんも夕食作りに加わった。


「なんか、私の目の錯覚じゃなければ家族団欒なんですけど?」

普通の、どこにでもいる親子だ。

仲良く三人で料理をする姿は微笑ましい。

ただ、イースさんがキースさんに少しよそよそしいけれど。

「奇遇だね、アルテ。私もそう思えてきたところ」

「……あのキースさんという方、お城で見たことあるような?城勤めの方でしょうか?」

カルシアさんが言ったところでハヤトさんが口を出した。

「あの人ですよ!俺を召喚した魔族!」

ハヤトさんの一言に残された一同が頷いた。

夕食中にでもキースさんから話を聞こうと。




代わる代わるイースさん含むご家族がご飯を持ってきながら、あっという間に食卓は美味しそうな料理で埋め尽くされた。

みんなで席に着いて「いただきます」と言い、それぞれ食事を楽しむ。

イースさんのお母さんが作った料理は本当に美味しくて、家庭料理の代表みたいな感じだった。素朴な味わいが懐かしい。

これ、あとでレシピ知りたいな。

…作るのはカルシアさんなんだけど。

もぐもぐ空腹を満たすように食べていると目的を忘れかかっていた。

切り出しは我らの姉御、アデリアさんからだった。

「失礼てすが、キースさん。イースさんと奥さんを置いて失踪したのは何が原因だったんでしょうか?」

アデリアさんからの質問にお酒を嗜んでいたキースさんはカルシアさんの方を見て言った。

「どこぞの魔王が失踪したからな。皺寄せが来た」

イースさんのお母さん以外の全員がカルシアさんを思わず見ると思いっきり目を逸らされた。

えっ、キースさんの行方不明の原因って、もしかしてカルシアさん?

本人は未だに目を合わせてくれない。

「…………本当に、重ね重ね申し訳ありません……」

カルシアさんが手で顔を覆って俯いたまま縮こまる。

「こんな…ひとつの家庭を壊してまで我儘を通して、もう本当に魔王失格ですよね」

いや、魔王的にはそんなこと些細な問題だと思いますよ、むしろ家庭崩壊なんて魔王っぽいですよとは言えないイースさんの前で。

イースさんはどうしたらいいのか分からずカルシアさんとお母さんとキースさんを見比べているしキースさんは普通にお酒を嗜みつつ食事をしている。

どうしたものか。

まさかイースさんの家庭崩壊…崩壊はしてなかったな。仲良かった。

案外イースさんが旅をしている間に早々に帰ってきて暮らしていたのかもしれない。

「イースさんが旅をしていたのっていつからですか?」

「アルテさんが勇者になってからですよ。勇者が決まったからには他のメンバーも決めなければと託宣で決められ連れていかれました」

「あっ!私も!旅をしていたらあなたが託宣で選ばれた方ですとか言われて王城に連れていかれたー!」

「俺が家に戻ったのはイースがいなくなってからすぐだな。こいつを一人にしておいたら不安だろ」

次々明かされる真実に今度は私が顔を覆って俯いた。

しかもキースさんは愛妻家だった。

なんてこった。

私が勇者に選ばれたのがイースさんやアデリアさんを巻き込む要因だったなんて…。

「………本当に、ごめんなさい……」

まだ顔を上げられない私の背中を近付いてきたアデリアさんが叩く。遠慮なんてないからいつも痛い。

「気にしないって!どっちにしろ誰かが勇者に選ばれたら私達も呼ばれたんだろうし。なら、私はアルテが勇者でよかったと思うよ」

「アデリアさん…!」

ひしっと立ったままのアデリアさんに抱き着くには腰になってしまったけれど、そう言ってもらえてとても嬉しい。

「僕も…あまりにいやなひとが勇者であるより変なひとが勇者でよかったと思いますよ」

イースさんまでデレてくれた!

嬉しくてにへっと笑うとカルシアさんも笑っている。

「私も、皆さんが仲間で良かったです!」

言うと、イースさんのお母さんから拍手が来た。

「なんだかよくわからないけど、良かったわね~」

いえ、良くはないんです。

あなたの旦那さんと息子さんがいなくなった原因がここに二人もいるんです。

勇者と魔王なんですが…とは言えない。

「ありがとうございます!」

と返すだけで精一杯だった。

それまで食べては飲んでいるだけだったキースさんが急に絡んできた。

多分、自分が出なくてはならなくなったので奥さんと息子を守るために置いてきたのに勇者が誕生してしまい息子は旅に出され奥さんが一人で過ごすことになってしまったことを会話の流れで察したんだろう。

本当にすみませんでした!!


「こんなのが勇者なんて、人間は本気か?」

キースさんが嘲笑うかのように言う。

「私もそう思います」

へらりといつもの調子で笑ってしまう。

「魔王が腑抜けなら勇者も腑抜けだな」

お酒を飲みながらキースさんが呆れる。

「キースさん、反魔王派を解散してハヤトさんを元の世界に戻していただけませんか?」

「なんで俺がすべての責任から逃れたやつの代わりにやらないといけない?」

それを言われると弱い。主にカルシアさんが。

「……確かに私は一度逃げました。ですが、今度こそ魔王としての責務を果たしたいと思っております」

「腑抜けた勇者と魔王で仲良しごっこして、こんな世界をどうするつもりだ?」

キースさんがからかうように聞いてくる。

「どうするもこうするも、平和にするんですよ」

「どうやって?」

「それは今考え中です」

言えば、キースさんが笑う。

嫌な笑い方じゃなくて純粋に楽しんでいる笑い方だ。

「考え中のことを堂々と言うのか」

「はい!それが私ですから!」

キースさんがますます笑う。

これは気に入られたのでは?

反魔王派を解散してハヤトさんを元の世界に戻してくれるのでは?

「とりあえず、ハヤトさんが元の世界に戻れるようにだけでもしてくれませんか?」

「何故?…まあ、確かにカルシアが魔王に戻るなら新魔王は不必要になるがな」

またお酒を飲みながらキースさんがハヤトさんを見る。

カルシアさんは魔王としての責務を果たしたいと思っているとは言ったが、必ずするとは言っていない。

そもそも先程平和にすると言ったばかりだ。

魔王として、それはどうかと思う。

ここは情で訴えるしかない。

「今まで散々キースさんのお話を聞いてきました!困っている人がいたら助けるような、優しい人じゃないですか!」

「困っているやつがいたら助けるのは常識だろ」

「あっ、はい。そうですよね」

情に訴えようとしたら正論で返されてしまい立場がない。

キースさんは溜め息を吐いて言った。

「カルシアが魔王の座から下りるならそこのを元の世界へ戻してやるよ。それで、他の魔族の中から王を決める」

キースさんが言ったことは、反魔王派としてやっぱりなというような内容だった。

「断ったら?」

「何故断る必要がある?元から魔族と人間は相容れなかった。そこの腑抜けが魔王になって仮初の平和に甘んじていただけだろう?」

「でもあなただってイースさんのお母さんと愛し合った筈じゃないですか!」

「それは…」

言い淀んでイースさんを見たキースさんに今だと思った。

「イースさんと、お母さんを愛しているなら、まだ人間に対して諦めていないと思うんです。あともう少し、カルシアさんと人間を見てあげてくれませんか?」

カルシアさんとイースさんは自信無さげだがキースさんを真っ直ぐ見ている。

届いてほしい、この想い。

私だけじゃなくて魔王失格と思われているカルシアさんの内情も、父親に置いていかれたと思っているイースさんにも思うことはあるだろう。

「お前は随分と我儘ばかりを言う」

「そうです。私、我儘なんですよ」

「実に人間らしいな」

「だから殺しには慣れたくないしイースさんのお父さんであるあなたとも戦いたくないし人間を嫌わないでほしいし反魔王派とかやめてほしいんです」

同じ食卓で、同じ料理を食べて言うセリフじゃない。

でも、魔族も人間も異世界人すら同じ食卓で食べられるなら、和平の道があるって信じたい。

あの街で、富裕街も平民街も貧民街も炊き出しで同じように笑顔で食べられたように。

「要求が多いな」

キースさんが呆れたように言う。

「だって、我儘ですから」

へらり、へらりと笑っても引いてはくれない。

早くキースさんが引いてくれればいいのに。

…また他力本願になっている。

キースさんに引くよう頼るんじゃなくて、引かせるよう自分からもしなくては。


「私は、私が勇者に選ばれた意味を貫きます」

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