第20話

富裕街、平民街、貧民街の差別をどうするか。

あの魔族の口ぶりだと大分前に仕込んで根付いてきたものなんだろう。

とりあえず、ボロボロになって使い物にならなくなった武具達を鍛冶職人と武具屋に持っていったら顔を覚えられていたようで「たったの一日でこんなにしやがって!」と、怒られた。

そうか。まだ一日しか経ってないんだよな。

それから「こんなになるまで若いやつが戦うんじゃねえよ」と頭をぐしゃぐしゃにされて言われた。

多分、心配してくれているんだろう。

顔が怖いとか思っててごめんね、おじさん。




さて、またもや武具を新調し新生勇者パーティー再びである。

一日振りだね!短かった!!そして手痛い出費!

でも今からは『勇者』は関係ない。

アルテとしてどうしたいか。

差別をなくすとはどうしたらいいか。

悩んで悩んで悩んでお腹が空いてとりあえず晩ご飯になった。

そこで思い付いたのだ。

唯一、門で閉じられているが富裕街と平民街と貧民街を繋ぐ大通りでなにかしらのイベントを行えば接点が持てるのでは?

お互い、貧富の差があれど同じ人間だと分かるのでは?

けれど、そんなに大勢が集まってくれるイベントってなんだろう?

そこで目の前の料理が目に入った。

私達は多少なりとも各地を巡っている。

その土地柄の郷土料理も食べてきた。

これをまた貧民街でやった炊き出しのようにして味わってもらえればあるいは?

ここは閉鎖的な街だから、他国の料理も珍しいだろう。

きっと富裕街の住人も心惹かれるはず。

「と、いうことでまた炊き出しをやってみたいんだけど、どうだろう?」

私が提案すればイースさんが頷いてくれた。

「確かに、万人に興味を持ってもらえそうで取っ掛かりになりそうですね」

「またあの料理が食べられるの!?やったー!あ、アルセフォン王国の味付けなら任せてね!」

アデリアさんは喜んでいるけれど、こちらは作る側だ。

一番料理をお願いしているカルシアさんも快く引き受けてくれた。


「でも、アルテさんは勇者なのですから、今までもこれからもその肩書きを利用すれば良いのではないでしょうか?」

「…いいえ。私はそんなことしません。『勇者』である前にアルテでいたいんです。勝手な託宣なんかに人生決められたのなら、生き方くらい好き勝手やってやりますよ!」

へらりと笑うとカルシアさんも笑ってくれた。

そもそも、この差別に『勇者』は関係ない。

『勇者』がどう言ったところで貧富の差はなくならないし意識なんてそう簡単に変わらないだろう。

「じゃあ、明日からは食材の用意と料理を作るところから始めましょうか!」

初めは拒絶されてもいい。

それでもこの二日間でなんとか差別意識こ垣根を越えさせたい。

根強い問題だし二日間でどうなるわけでもないだろうけれど、それでも何かをしたかった。

炊き出しにはナッツとピィも誘おう。

まずは平民街から慣れてもらわないと。

話が決まってどこの郷土料理にするか、各自何をするか詳細を詰めてその晩の話し合いは終わった。

戦いで疲れ果てた体はシャワーを浴びて出てベッドに横になると、そのままぐっすり寝込んでしまった。




「と、いうことでまた炊き出しをすることになりました!ナッツとピィや貧民街の人達にも手伝ってもらいます!よろしくお願いします!」

元気よく挨拶をして礼をしたらナッツに嫌そうな顔をされた。

「炊き出しはあの一回って言ってただろ!大体そんなんであいつらの差別意識がなくなるわけないだろ!」

そんなことは分かっている。

「貧民街では一回しかしてませんー。それに、レジスタンスで無理に戦って負けてどうなるか分からないより全然いいと思うな」

「……」

「ナッツだって、こんな子供だらけのレジスタンスで富裕街の警備隊相手にどうこう出来るなんて思ってないでしょ?それに、こっちの方が平和的だよ」

持ってきていた食料が入った袋の一部をナッツに押し付ける。

「ピィくんはまだ小さいからアデリアさんと呼び込みね!さあ!平民街の大通りへレッツゴー!」

有無を言わさずナッツやピィ、貧民街から数十人引き連れて平民街へやって来た。

案の定、貧民街の人達を嫌そうな顔で見ている。

ナッツ達も居心地悪そうにしている。

そんなんでよくレジスタンスして富裕街に乗り込むとか言ってたな。

大通りの片隅に邪魔にならないように陣取ってイースさんとカルシアさんが手際よく料理をしていく。

私も皮剥きをしたり指示に従って調理の手伝いをした。

ナッツ達にもやらせた。

これは、三段重ねになっている街をひとつにするための手段だ。

旅人の私達だけでやるわけにはいかない。

調理が進むといい匂いがしてきた。

最初は匂いがいいものから作って足止めしてもらう作戦だ。

その後も次々と料理を作る。

少しずつだけど足を止めてくれる人が出来てきて、これはどこそこの郷土料理なんですよー!美味しいですよー!と大声で宣伝して押し付ける。

最初に食べてくれたのはピィと同い年くらいの子供だった。

親からは貧民街から来た人達が作るものなんて食べてはいけないと言われていたのに、匂いにつられて一口食べたら「美味しい!」と笑顔で言ってくれた。

そこからは早かった。

元から興味深そうに見ていた人が自分にも別けてほしいと言い出して、一人から二人、二人から三人と次々に増えていった。

みんな様々な郷土料理を美味しいと食べてくれた。

平民街の人達も貧民街の人達と話せるようになってきた。

あとは富裕街の人達だ。

門の近くにいても、門から外へは出てこない。

そんなに簡単にはいかないよな。

平民街と喋れるようになっただけでも満足しなきゃと思ったら、富裕街の門から一人の少女がやってきた。

親に止められても親は富裕街の安全な門の中からしか声を掛けてこない。

平民街にすら降りていきたくないのだ。

少女は意外にもナッツの方へと行った。

「あの…あの時助けていただいた方ですよね?」

少女が恐る恐る聞くと、ジャガイモの皮剥きをしていたナッツは手を止めて少女をじっと見て思い出そうとしている。

おーっと、ラブロマンスの予感か!?

離れるべきか、若者の青春を見守るべきか悩んでいるとナッツの答えの方が早かった。

「悪い。覚えていない」

「そう…ですか。そうですよね。すみませんでした」

とぼとぼと帰ろうとする少女を引き留める。

ガッカリした少女を、唯一富裕街から降りてきた少女を、このアルテさんが逃すと思うなよ!

「君もこれ食べていきなよ!あそこにいるアデリアさんて人の出身のアルセフォン王国の煮込み料理なんだけどね、とっても美味しいよ!」

自分の名前が呼ばれたのが分かったのかアデリアさんがこちらに手を振ってくるから私も振り返した。

門の方では親御さんが貧民街の連中の作ったものなんて食べちゃダメと叫んでいたが、そこまで娘が心配なら門の外へ出ればいいのに。

少女は私とナッツと手渡された料理を交互に見て煮込み料理を食べてくれた。

「…美味しい!」

少女が笑顔で食べ進めてくれる。

分かるよ。それ、美味しいよね。

少女が食べているともう一人富裕街からお婆さんが降りてきた。

「アルセフォン王国の煮込み料理なんて懐かしいねぇ」

「行かれたことがおありなんですか?」

「行ったことがあるもなにも、私はアルセフォン王国出身だよ。私にもくれるかい?」

「もちろん!喜んでー!」

そのアルセフォン王国の王女様がいるとはとても言えないな。

にっこり笑顔でお婆さんに手渡す。

富裕街から降りてきてくれたのは結局この二人だけだったけど、平民街と貧民街は昨日までと比べたら比較的普通に喋れるようになったみたいだし、よかった。

明日も炊き出し頑張ろう!




翌日の炊き出しは、ナッツとピィは自主的に来てくれた。

昨日と同じ場所で炊き出しをすると、平民街の人達も手伝ってくれるようになった。

というか、レシピを習いに来た。

目的はなんでもいい。

貧民街と平民街の人達が一緒に作業をしている。

それだけでも充分成果はあった。


そう思っていたのに富裕街からも数名降りてきてくれた。

昨日の少女とその親御さん、お婆さんと旦那さんとお子さん達だ。

少女とお婆さん以外は恐る恐るといった感じだったが、一口食べると「美味しい」と言い、他の料理にも手をつけ始めた。

私は嬉しくて料理の説明をたくさんした。

調理方法は分からないので、調理をしてくれている人達…平民街と貧民街の人達から聞いてくれと頼んだ。

最初は渋っていたが、少女とお婆さんに連れられて調理方法を教わっていた。

それからしばらくして、二家族のご近所さんがやってきた。

知り合いがいるなら安心感があるということだろうか。

だが、その日富裕街から来てくれたのはその数組の家族だけだった。

それでもとても大きな影響を与えられたと思った。

富裕街を守ってきた分厚い柵の門が開いて住人が降りてきたのだ。

これは、あの魔族が魅了の魔法を使って差別意識を植え込んでから初めてのことじゃないだろうか。

……そういえば、ナッツと少女はどうなったんだろう。

見ると、ナッツがジャガイモの皮剥きを少女に教えていた。

親御さんが心配そうに見守っているが、口出しはしていない。

いい傾向だ。


やっぱり、仲良くなるには美味しいものをみんなで食べるに限る。


夕暮れ時にはみんな解散になった。

今日もいい一日だったな。

片付けをしながらナッツに問い掛ける。

「ねえ、これでも富裕街に乗り込んで制圧する気でいる?」

ナッツがとても嫌そうな顔をする。

「お前のせいでやる気無くしたよ」

その答えに大満足で、ナッツの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「いいこだな!ナッツ!」

「うるせー!大人振るな!」

足元を蹴られたので蹴り返した。

「明日には私達は出発してこの街を去るけど、ここまで壊せた街の垣根をもっと壊してやんなよ」

「……もう行くのかよ」

「旅人だからねー」

ナッツは無言だった。

…無責任でごめんね。


ナッツがピィや貧民街の人達を連れて帰っていく。

帰り際に平民街や、富裕街の数家族と少し話をしていた。

富裕街からは数組、平民街からはまだ半数いかないくらいだが炊き出しに来てくれて貧民街とも垣根を越えて話せるようになってくれた。

今はまだこれが精一杯だけど、充分過ぎる成果だろう。




私達も宿屋に戻って、明日にはまた魔王城を目指して出発だ。

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