第19話

「と、いうわけで平民街の三番区にある裏門から富裕街に入れることが分かりました。チャンスは明日から三日間です!三日後の夜にはナッツ達が富裕街に押し入ってしまいます!それまでに諸々なんとかしましょう!」


夕食も終わり、聞かれてはまずい話なので泊まっている宿屋の借りている一室にて集まって結果を堂々と言えた。

「アルテさんにしては上々な交渉結果じゃないですか?」

「どうかなー。アルテのことだから交渉とかじゃなくて我儘言っただけじゃない?」

イースさんが珍しくデレてくれたのにアデリアさんが苛める。

でも確かに我儘を押し通して手に入れた三日間だ。

折れてくれたナッツのためにも、あの魔族を倒して、出来れば富裕街と平民街と貧民街の垣根ももう少しなくしたい。

これも我儘で欲張りすぎるだろうか。

「では、明日からの三日間の間にとりあえずあの魔族を探して目的を探すことを最優先事項にしましょう。よろしいですね」

カルシアさんが締めてくれた。

「最悪、戦闘になった場合はどうしますか?また二の舞はごめんですよ」

イースさんが言うが、私だってこの街の人達を犠牲にはしたくない。

「……他の魔族は魔王の言葉を忠実に守って人間に手出しはしていませんが、あの魔族は違います。あの村で村人を犠牲にして力を得たのも魔王の地位を狙ってのことだと思います。いざとなったらこの街の人達も安全を確保しなくてはなりません」

苦しげに言うカルシアさんも、気持ちは一緒だろう。

「戦闘は出来れば街の外に出てからにしてほしいけどね。魔族がこっちのいうことをきいてくれるかどうか」

アデリアさんの言うことも最もだ。

というか、言うことを聞いてくれるような魔族なら人を犠牲にはしない。

「でも魔王って魔族に人間に手出しをしてはいけないなんて命じていたんですね」

イースさんがカルシアさんに訊ねた。

「私も以前噂で聞いただけなので本当かどうかは分からないんですけどね」

とカルシアさんが笑ったが、本当だったらいいな。

魔王と和平の道を築けそうだ。

「それじゃ、明日から魔族捜索のために頑張るとして、時間も惜しいし早朝から出発するために今日は早く寝ちゃいましょう!」

解散になり、各自の部屋に戻ったが、またあの魔族と出会ってからのことを考えると寝付けなかった。

そもそも本当に出会えるんだろうか?

姿形はあの時の聖女と同じ少女の姿だった。

今でもあの姿でいるんだろうか?

そして魅了の魔法で人々を操っているんだろうか?




ナッツが言っていた通り、三番区の非常時用の裏門の鍵が壊れていた。

バレないようにひっそりこっそり、忍び込むとそこはアルセフォン王国のように、王城か?ってくらい凄かった。

建物のひとつひとつがひたすら大きく、これ個人の住宅?と疑いたくなる。

下からは富裕街がこんなに凄いなんて、頭上にあって下からは分からなかった。


「二手に別れるのは魔族と遭遇したときにまずいですね。皆で纏まって行動しましょう」

正論なのでカルシアさんの案に乗って富裕街を歩くが場違い感が物凄い。

みんな見下した目で見てくる。

あんまり長居すると平民街の連中が勝手に侵入したと通報されかねないな。

そこまでこの街の差別社会はひどいのか。

さっさとあの魔族を探さなきゃいけないのに、なかなか見付からない。

また誰かに化けてどこかのお屋敷にいるんだろうか?

そしたら見付けようがない。

それでも歩き回って探すしかない。


早朝から探して昼になり、一度昼食を取りに平民街に戻ることになった。

富裕街のお店からは「ここはあなた方のようなのが来るところじゃない」と遠回しに言われた。

私は村人でもアデリアさんは王女様だぞ!!

また三番区の裏門から出て平民街の宿を取っているところに併設されている食堂でご飯を食べた。

「分かってはいたけれど、そう簡単に見付からないね」

アデリアさんも探し疲れ気味だ。

「ここまで聞き込みして誰も見たことがないと答えるとなると今もあの姿でいるかも疑問ですしね」

イースさんの疑問にカルシアさんが答えた。

「ですが、あの魔族はあの村での姿で現れました。私達を挑発するなら同じ姿で現れるのではないでしょうか?」

「うーん。とりあえずご飯を食べたらまた探索してみよう。不審がられないように回っていないところもまだあるし」

そして満腹になって少しの休息をした体でまた富裕街に潜り込んだ。

午前中に見て回った方とは反対側を見て回っているけれど、やはり聞き込み調査も探索も結果が出ない。

「前は聖女を名乗っていたよね。教会にでも行ってみる?」

いく宛もないのでアデリアさんの提案に乗って富裕街の教会に行った。

この街の教会は平民街と富裕街の二ヶ所にあった。

同じ教会なのにね。

そんなところまで別けなくてもいいと思うのにな。

信心にも貧富の差があるんだろうか?


「まぁ、そんな簡単には…………いた」

教会の中、聖像の前に目的の人物は祈りを捧げていた。

その姿は、あの村で聖女を名乗っていた少女のままで、祈りを捧げる姿は聖女と言われたら納得してしまいそうになる。

でも、あの時の魔族だ。

「やっと辿り着いてくれましたね」

少女がこちらを振り返り笑う。

「会いたくて仕方がなかったけどね」

本当に。今度こそ、負けないし間違えない。

「外へ行きましょう。ここでは人が多すぎます」

ピリピリした空気になるが、カルシアさんの提案に魔族は意外にも頷いてくれた。

「いいですよ。私もまだこの街でやることがあります。壊すことは出来ません」

魔族は富裕街の出入り口から堂々と出て街の外へと向かった。

途中、街の人達にも和やかに挨拶をしてみせた。

この魔族、本当になんなんだろうか?

私達もつられて富裕街の出入り口から出たら門番にめちゃくちゃ怪しまれた。

お忍びで平民街に行く富裕層ぽく堂々としてたら目線は逸らされた。

よかったー!

でも、問題は今からだよな。




外に出て、街から離れた開けた場所までやって来た。

誰もが無言だったが、最初に口を開いたのは魔族だった。

魔族が街の方を見て慈しむように言った。

「あそこは長年掛けて私が作った大切な箱庭。人間の虚栄心や憎悪が渦巻く大切な餌場ですもの。あの村とは違いますもの。壊させはしませんわ」

うっとりと、人間の負の感情をエネルギーにしていると告げる。

つまりは、あんなに差別社会を作っていたのはこいつってこと?

負の感情を糧にするために?

ナッツやピィ、貧民街の人達が苦しんでいるのも全部こいつが仕組んだこと?

尚更許せない気持ちになり、剣を掴む手に力が入る。

「全部、また魅了の魔法で仕組んでたってこと?」

「最初はそうでしたが、己の欲望に忠実に生きたのはあなた方人間の結果ですよ」


どちらが先に仕掛けるか、と思っていたら後方から光の矢が飛んできた。

カルシアさんが先陣を切るなんて珍しい。

いつもバフやデバフを掛け終わってから戦いに参加するのに。

それだけこの魔族に怒りを感じているということだろうか?

なんでもいい。

火蓋は落とされた。あとは戦って勝つだけ!


カルシアさんの光の矢に気を取られている間に私とアデリアさんが両側から剣で切りかかる。

けれど、靄でも切っているように手応えがない。

イースさんも後方から援護をしているのに当たりはしない。

圧倒的に強い!

「魔法がまったく聞いていない気がするんですが!」

イースさんが弱音を吐くが頑張れとしか言いようがない。

私とアデリアさんの剣も軽くいなされている。

カルシアさんにバフを掛けてもらってもかすり傷すらつけられない。

「強いね!」

「それほどでも」

こちらの全力でも魔族は余裕だ。

だけど、カルシアさんを警戒している?

…気にしている余裕はないか!

接近戦で私とアデリアさんがなんとか突破口を模索しているところへイースさんとアデリアさんの魔法が飛んでくる。

砂塵が舞うけれど気配を読める魔族には目眩ましにはならない。

むしろこちらの不利になるばかりだ。

目をやられないようにしながらこちらも気配で相手の位置を把握しようとする。

「何故力量の差も分かっていながら挑むのですか?勇者だからですか?」

魔族が問いてくる。

そんなの決まっている。

「お前が許せないからだよ!」

勇者だからとかそんなの関係ない。

こいつは、こいつだけはダメなんだ。

力一杯、魔族に向かって剣を落とすも駄目だった。

あ、と思うときには剣が飛ばされた。

急いで取りに行こうとするも遠慮のない攻撃を集中的に浴びてしまったが、アデリアさんが庇ってくれて間に入ってくれた。

その間に剣を再び取る。

痛い。苦しい。でも、勝たなくてはいけない。

『勇者』って全然役に立たない。

違う。私が弱いだけだ。

『勇者』のせいにするな。

拾った剣を握り締めてまた向き合う。

あの時のように遊ばれていると感じる。

悔しい。それでも、剣を振るうしかない。

遊ばれている感じはまだ拭えない。

でも、着実にダメージは与えられてきたという時、カルシアさんがまた光の矢を何本も撃ってきた。

全弾命中で、これには魔族も苦しげだった。

あともう少し、いけるんじゃないか。

そんな希望も見えてきた。アデリアさんもイースさんも攻撃の手を休めない。

私も頑張らなくては、と思っていたら疲れがきたのか足が縺れて魔族目掛けて倒れこんでしまった。

私の偶然の攻撃が魔族に隙を生んだと思ったら音もなく光の矢が魔族を貫いていた。

カルシアさんの一撃だ。

見たこともないとても厳しい顔をして、魔族に致命傷を与えた。

魔族は断末魔をあげて砂になって消えた。

あとには何も残らなかった。




実感はない。ないけれど。

「ようやく……」

ようやく、勝てた。

ほとんどカルシアさんの功績だし最後の一撃がカルシアさんなのは勇者として悔しいけれど、そんな些細なことを言っている場合じゃない。

「勝てたーーー!!」

両手を天に挙げて喜ぶ。

カルシアさんは厳しい顔からいつの間にかいつもの微笑みに戻っていた。

「終わったー!!」

アデリアさんも叫んで地面に倒れ込んでいる。

イースさんは相当疲れたようで無言で座り込んでいる。

「カルシアさん!ありがとうございます!」

「皆さんのお力のおかげですよ」

いつもの微笑みに戻ったカルシアさんに癒される。

でも、魔族を倒したのは『勇者』じゃなくてカルシアさんだ。

新調したばかりだというのに武具ももうボロボロだ。

また新しくしないとだめだなぁ。

せっかく新しくしたのに。

でも、これであの村での供養と敵討ちは出来た。

少しでも村人の慰めになればいいな。

…結局あの魔族の名前は分からなかったな。

知る必要もないけれど。

みんなしばらく地面に転がって立てなかったり座ったまま息を切らしている。

それでもなんとか立ち上がり街へと戻らなくてはいけない。

次の問題を解決するためにも。


残りの二日で、富裕街と平民街と貧民街の差別をなんとかしたい。

長年培われたものがそんな数日で解決できるとは思えないけれど、それでもやってみるしかない。やるしかない。

ナッツ達を食い止めるためにも。


この街を仕切っていた魔族を倒しても、貧富の差による差別社会はなくならない。

信じるならば、魅了の魔法で仕組んでたのも最初だけだと言っていた。


みんなを救う『勇者』だからやりたいんじゃない。

アルテとして、単なる一個人としてなんとかしたいと思った。

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