第18話
「……弟が世話になったらしいから、その礼だけは言っておいてやるよ」
「特に世話なんてしてないけどね。小さな子に犯罪をさせたくなかっただけさ」
言うと青年は忌々しそうに「何も知らない旅人風情が」と言われたので「旅人だから気楽に炊き出しなんてやらせてもらっているのさ」と返しておいた。
「私はアルテ。君達の名前は?」
問うと青年は言いたくなさそうに答えた。
「……ナッツだ。こっちは弟のピィ」
「よろしく!ナッツ!ピィ!」
差し出した手が返されることはなかった。
でも、それがこの子達の生き方なんだろう。
この街で生き抜くための。
「ナッツくんもピィくんもよかったら食べてよ。カルシアさんとイースさんが作ったから美味しいよ!」
と雑炊を掬って差し出すと手を弾き飛ばされそのまま中身の入ったお椀が地面に落ちた。
「旅人なんかの施しなんて受けるもんか!そうやって一回偽善振ってやっても、一生面倒なんか見やしない!今回だけたから優しく出来る。そんなこと、何回もされてきた。その度にそれっきりさ!」
ナッツくんが吠えるように拒絶する。
「そうだね。私達もこの一回のつもりだよ」
お椀を拾って洗って新しく雑炊を掬って他の子に渡していく。
アデリアさんもイースさんもカルシアさんも調理したり配給の手を休めない。
「ならさっさと止めろよ。偽善者の施しなんか反吐が出る」
確かにこれは偽善の施しだ。
この子の言う通り、一度で『はい、おしまい』なら毎日の飢えはどうしようもならない。
それでも、今の飢えは凌げる。
やらない偽善よりやる偽善。
少しでもこの子達に食べさせてあげたい。
「それでもやりたくてやるんだ。旅人の一度きりの炊き出しなんかで毎日の飢えを凌げないかもしれないけれど、それでも食べて美味しいって言ってくれるだけで私は嬉しいよ。食べる、食べないは他の子の自由だから強制はしないでね。あとで制裁とかしないでね」
言いながらまたお椀に雑炊を掬い入れて子供に手渡しする。
「制裁なんかするもんか!貧民街に住むやつらが俺の家族だ」
ナッツくんは義理人情に篤いタイプらしい。そうじゃきゃ、大人もいるなかでこんなに年若い青年が貧民街を取り仕切っているわけないか。
「じゃあ、家族の食事の邪魔をしない。食べないなら黙ってる」
言って会話を打ち切り、配給に専念した。
ナッツくんとピィくんはいつの間にかいなくなっていた。
そうこうしている間に雑炊が入った大鍋が空になってしまった。
まだお腹を空かせている子達はいるというのに。
『勇者』って無力だなぁ。
お腹を空かせている子達に満足に食べさせることすら出来ない。
もっと、もっとと強請る子供たちに、空になった大鍋を見せて説明する時の心苦しさといったら。
ギルドで食費を稼ぐというのはこれからもこの子達の面倒を見ないといけないというわけで、旅の流れ者の私達に追加の配給は出来なかった。
ごめんねと、何度も言ったが、貧民街の人達は慣れている風で大人達からは「こちらこそありがとうございました」と感謝された。
やっぱり、私が見ていた平和は仮初の平和だったみたいだ。
戦いがなくても苦しんでいる人達がこんなにいる。
もう一度考える。
『勇者』って、なんだろうか?
そのまままた平民街に戻り、当初の目的通り武具の新調と整備をした。
思ったより状態は酷く、よくここまで使い込んだもんだなと褒められた。
手に入れたエルフの涙と妖精の加護は新しい武具に継承された。
あの苦労が無駄にならなくて良かった!
「ようやく目的が果たせましたね」
イースさんが疲れた顔で言う。
「私の我儘に巻き込んじゃってごめんね」
「アルテが我儘じゃないときなんてあるの?」
とアデリアさんに茶化されて言われた。
失礼な。これでも我儘言わないときくらいありますよ!……多分!
そのままギルドでまた魔獣退治やら採集の仕事やらを引き受けては路銀を稼ぐ。
貧民街に後ろ髪を引かれないと言えば嘘になるけれど、炊き出しとか手助けはあの一回と決めていた。
だからもう出来ないし、やらない。
それがけじめだと思った。
けれど、そうも言っていられなくなってきた。
滞在して数日間。
ナッツがレジスタンスを形成して富裕街の区域に乗り込むらしいと噂で聞いた。
厄介事には関り合いたくないけれど、聞いたからにはなんとかしたい。
主に、貧民街に被害を出したくない。
ナッツとピィを犯罪者にしたくはない。
「と、いうわけでもう一度だけなんとかしたいんだけどどうでしょう?」
食堂で夕食を食べながらみんなに聞いてみた。
「噂を聞いたときからそんな気はしていましたよ」
「アルテだしねー」
「ですが、今回はなんとか、という範囲を越えています。警備隊も動くでしょうし、貧民街に皆さんがいる間に説得できればいいのですが」
警備隊に捕まったら犯罪者の烙印をおされてしまう。
その前になんとかしたかった。
みんなが同意してくれて本当に良かった。
一人でも何とかしたかったけど、馬鹿な私一人じゃなんともならないと思ってた。
結局仲間頼りなのだ、私は。
「なんとか、ってどうすべきか分からないけど貧民街の人達の立場をこれ以上悪くしたくはない」
こうして、もう行かないと決めた貧民街にまた足を踏み入れることになった。
貧民街の出入り口を目指して歩いていると、ふと視線を感じた。
富裕街を見上げると、あの時の魔族が、あの時の聖女を名乗る少女の姿でいた。
私が呆然と立ち止まっているのを不審に思ったみんなが視線の先を見て驚愕する。
少女は、こちらに気が付くと歪な笑みを浮かべた。
間違いない。
あの時の魔族だ。
だけど、普通には旅人が富裕街に入れることはない。
ならどうするか。
貧民街の人達をどうするか、どう守るかから私達の目的まで加わってしまった。
あの魔族がなんでこの街にいて、何をしようとしているのか分からない。
またこの街の人を犠牲にして力を得ようとしているのかもしれない。
ここが言っていた狩場の一つかもしれない。
そんなことは、絶対許せない。
ナッツ達のレジスタンスに加わって富裕街に乗り込むか、レジスタンスを諦めさせて自力でなんとかするか。
今回の説得は私一人に任せてもらった。
出来るか自信はないけれど、やるしかないのだ。
貧民街の人達からは前回の炊き出しのおかげか歓迎され、ナッツの居場所を尋ねたら快く教えてくれた。
随分とボロい、強風が吹けば飛びそうな家というにも烏滸がましい小屋だった。
ここで親がいない小さな子達と暮らしているらしい。
一応ノックするが返答はない。
「ごめんくださーい。ナッツいるー?」
鍵なんて高等なものなんてついていないからドアは簡単に開いた。
イースさんからは勝手に入るのかと白い目をされたけど、イースさんからの白い目には慣れているアルテさんは気にしないのさ!
「勝手に入ってくるな!」
案の定、ナッツが怒鳴る。
怒鳴るから周りにいた子供達が驚いている。
「ドアが開いていたから」
「そんなもん、いつでも開いているさ!」
警戒心バリバリの、毛が逆だった猫みたいな威嚇をされる。
「ナッツ。レジスタンスの仲間って、まだ募集してる?」
軽くウィンクして訊ねてみたら嫌そうな顔をされた。
なんでや。
「お前達のことは信用し始めているが、旅人なんかの力借りはしない」
「うーん。困ったな。私達も富裕街に行きたいから同行させてくれると嬉しいんだけど」
「そんなもん、自分達でなんとかしろ」
一蹴されてしまった。
「じゃあ、自分達でなんとかするからレジスタンスは解散して貧民街で大人しくしていて」
「なんで、じゃあなんだよ!関係ないだろ!」
「関係ないけど口は出します。ここの大人に代わって」
貧民街の大人達は分かっているんだろう。
こんな子供達がレジスタンスをして富裕街に喧嘩を売ったらどうなるか。
こんな大人にもなりきれない子をリーダーにしているのもそのためだろう。
決してナッツにリーダーの器がある…にはあるが、それだけじゃない。
いつでもいなくなって大丈夫な存在。
責任を取らされる存在。
それが貧民街のリーダー。
ナッツは貧民街の人達を家族と言ったのにな。
それでも何も言わない、やらないのは。
つまりはそういうことで、それならば私達が止めなくてはいけない。
みんなを守る『勇者』としてではなくて貧民街を心配するアルテとして。
「私は、あなた達に犯罪者になってほしくない」
「じゃあどうやって生きていけばいいんだよ!」
「そんなことは知らない。分からない」
まったくもってわからない。そんなことが分かっていたらもっと的確にこの状況を何とかしているだろう。
「お前は!勝手すぎる!!」
ナッツが怒鳴る。
ナッツがすぐに怒鳴るのは己を守るためだ。
正直なところ、私の拙い言葉でレジスタンスが解散されるとは思ってもいない。
だけど、私達だけでもこの子達が傷付いて悲しむ人がいることを知ってもらいたい。
「ナッツ達がどうにかなったら、貧民街の人達はどうなるの?頼れるリーダーなんでしょ?戦うんじゃなくて、みんなを守るのがナッツの役目だと思うな」
「勝手すぎる……」
ナッツが力なくいうが、誰にも傷付いてほしくないし犯罪者になってほしくないし、貧民街の人達には今よりいい生活を、欲を言えば幸せになってほしかった。
だから私は我儘と言われるんだろう。
ナッツも、貧民街を思って、そう思ってレジスタンスなんて結成して富裕街に乗り込もうとしたのだろう。
僅かな希望を胸に。
富裕街を制圧すればすべてが変わると信じて。
無理な夢を見なきゃやってられないほどに追い込まれた人々を思うと『勇者』の称号なんて本当に無意味だと思う。
ナッツは顔を俯かせて言った。
「三日間だけ、お前達に時間をくれてやる。平民街の三番区にある富裕街に通じる裏門の鍵が壊れている。富裕街で何をしようとしているのか知らねーけど、その間になんとかしろ。俺達は入れ替わりに侵入するから侵入経路はバレないようにしろ」
それが、最大の譲歩とチャンスだった。
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