雑談#3
こんな時、苛立ちで怒鳴るのは最悪だと学んでいる。そして、苛立ちのおかげで倒れずに済んでいる。
「これが餞別になるかは、あんた次第だよ。」
女将が夕飯に持ってきたスープを差し出して俺に声を掛けてくれた。
今までも女将には何度も助けてもらっている。迷惑はかけられない。
話を聞く限り売り場への移動中で売約前と思われるが、売約済みなら業者と客に売価と同額の詫び金を支払う必要がある。当然、俺やバカがそんな大金を持っているはずも無く、借金奴隷は確定だろう。
売約前でも業者へ詫び金を支払うことになるが、大抵言い値を吹っ掛けられそのまま借金奴隷になる。俺は売り物にならないと判断されて鞭打ちで済むかもしれないが、バカ野郎は確実に奴隷に落とされるだろう。
ここで俺がバカ野郎を売り払えば、衛兵に手数料を支払い俺だけは帰ってこれる。処理としては、若造の監督不行き届きの責任と罪人を突き出した功績を相殺してその手数料を支払うという内容だ。
しかし、女将さんがスープを差し出したのは、俺の悪知恵を使って二人で帰ってこいと言う応援だ。正直、辛い。
とりあえずの夕食を終えた俺たちは作戦会議に入る。
農村野郎はこのまま店の従業員に収まればこの件から外れることが出来る。店の手伝いをしている姿をたくさん見られているから既に無関係であると証言を集められるが、このお人好しがそれを良しとはしなかった。
女の子は鼻声ながらも気合を見せてきた。自分の事なのだから真剣にもなるだろう。
バカ野郎もやる気は見せるのだが不安しかない。正直この女の子とトレード出来たらずいぶん気楽になれると思う。
そんな衝動を抑えながらも作戦会議は続き、決行の朝が来てしまった。朝飯を要求するバカ野郎にお預けを言い渡して各自の行動に移る。
農村野郎と女の子には情報収集に行ってもらう。農村野郎が宿の手伝いで読み書きを覚えていたことで出来る事が増えた。さらに女の子も読むだけなら出来るので二人で読み合わせれば問題ないだろう。
無駄にやる気のあるバカ野郎には俺と一緒に時間稼ぎをしてもらうため業者へと案内してもらう。演技の為に一発殴って顔に痣を作っておいた。
さて、業者の事務所に顔を出してみると意外と静かだった。
移動中の奴隷が連れ去られているとなればそれなりに騒ぎになっているのかと思えばそうでもなく、淡々と作業をこなす姿しかなかった。
カウンターのオッサンに声を掛けて奴隷の相場とか景気の話とかをしてみるものの夕べ何かが有ったような気配は無く、なんのとっかかりも得られないまま事務所を出ることになった。
昼前になり農村野郎と合流して話を聞いても夕べの騒動は酔っぱらいの喧嘩と思われているらしい。
あまりの手応えの無さに一つ思い当たるものがある。
春先に田舎から出てくる若造を食い物にする悪党は数居るが、中には借金や犯罪をでっちあげる偽の奴隷業者も居て、そんな奴らは大手の名を騙る事が多い。
本当に借金を作らせて奴隷に落とすプロも居るが今回は流れの子悪党の仕業のような気がしてきた。そうなると女の子の肩の奴隷紋も偽物で、本物の業者に見せればすぐに分かる。
昼飯を済ませてから今度は四人全員で業者の事務所へ行く。
事情を説明して女の子の奴隷紋を調べてもらったが、かなり雑な偽物だと分かり先のことを考えて除去してもらった。
結局若造どもの持ち合わせでは足りず除去の手数料は俺の支払いになったがその日の夕飯は女将が奢ってくれた。
そして女の子は宿に住み込みで働くことになり、痣を付けたことが無駄になったと愚痴をこぼしたバカ野郎はもう一発殴って痣を増やしておいた。
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