第6話 昭和維新

車の中で、青年は決起について詳しく聞いてみたかったので、話の入り口にと田中元曹長の軍刀について触れてみた。

「その軍刀は靖国刀ですか?。」


「いいや、これは茨城の実家にあった刀を軍刀に拵え直した物で、濃州の兼門という刀匠の物だ。確か天保の頃の刀だ。」


「そうなんですね。」


「刀は好きか?出会った時は竹刀を持っていたな。」


「はい。父の影響か稽古はしています。」


「そうか。自分は陸軍戸山学校の教官から軍刀術を習ったがな、剣術にはあまり興味は湧かなかったな。」と笑いながら言った。


少し間を開けて、青年は聞いてみた。

「今回皆さんはなぜ決起したんですか?」…

「父は賛同している様に見えますが、理由がいまいちよく分からないのです。」


「そうか…ならば教えてやろう。

    我らが目指す昭和維新を。」

田中元曹長は軍刀の柄を両手で強く握り、話し始めた。


「今の日本国はとても疲弊している。

裕福な家の君には分からないだろうが、田舎の農村の子供達は米も食えずに、大根を噛って飢えをしのいでいる。

口減らしの為に自ら死を選び山に入る年寄り。若い娘は女郎屋に売りに出される始末だ。

軍に入隊した新兵は白い米を見て、涙する者もいる。

自分の家族がそんな様なのに、彼等は徴兵されて日本の為に戦地に行くのだ。

その命をかけて。

こんな哀れな事があっていい筈がない。

自分はそんな若者達と共に訓練して、満州に向かわされるはずだった。

軍の上層部や政治家に貴族に華族、財閥の人間どもはそんな現状など構いもせず、皆ヒラメになっている。上の顔色ばかり見て、より高い地位に就くために、不正、汚職まみれで満州でアヘンを作っている官僚までいる始末だ。そして私腹を肥やして国民の上にあぐらをかいている。

この腐った現実を天皇陛下に知っていただいて、新しい日本を作る為に我々は決起したのだ。

そして一君万民論の通り藩閥、身分制度を廃し、天皇を中心にしたより近代的な民主国家へと国を導いていただくのだ。

我々皇道派の反対勢力は全体主義を押し出し、ドイツと同盟を結び、それを真似て国家総動員で、総力戦でもって米・英をも敵に回すつもりだ。

そうなったらこの国は滅びる。

今の日本はソ連が南下して来るのを防ぐので

精一杯だ。満州国の事もあるしな。

君の父上は軍にいた人間だから、それらの事を理解していたのだろう。」


「なるほど。そうだったんですね…」

芸術の道に進もうと、なんとなく考えていた青年は世の中の事にあまり関心がなく、無知な自分が恥ずかしくて気を落とした。


それを見た田中元曹長はひとつ、わざとらしく小さく咳をした。


「ハァ~踊り踊るなら~ちょいと東京音頭ヨイヨイ 花の都の~花の都の真ん中で~」


杉さんがいきなり運転しながら歌い出した。


「おっ。いいな」

   「ヤ~トナッソレ ヨイヨイヨイ」

田中元曹長も歌い出した。

すると青年も手拍子をして皆で歌い始めた。


凍てつく如月の風など気にせず車は多摩川を越えて鎌倉へと走るのだった…


レコードから流れる曲が変わった。

フランク・シナトラの歌うMy Wayだ。


それを耳にすると老人は

「さて、これを飲んだら海に行こう。」


また帰りに寄ると言って、店を出た。

商店街を海岸の方へ進んでいると海の匂いがしてきた。

本当に、本当にひさしぶりだ。

その時、ポケットからパイプを落としてしまった。

孫が気付く前に女性が拾ってくれた。

老人は笑顔でお礼を言った。

細い通りを抜けて海岸の手前の公園に着いた。

左手に平和の像が老人を出迎えた。

右手には富士山が微かに見える。

海岸へ出ると美しい相模湾が見えた。

生きているうちにまたここに来ることになるなんて、つゆぞ思わなかった。

自然と熱い涙が溢れ出た。

老人はあの頃と変わらない、優しい鵠沼の海を眺め続けた…










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