第6話 クリル村②

 はぁっ・・・はぁっ!

 そこら中で略奪が行われている中を、ソラリスの家まで全速力で走る。不安と疲労で、胸がキリキリと痛む。

 村の少し外れにあるソラリスの家は、まだ山賊の手は及んでいなかった。

 勢いよく部屋の中に飛び込んだ私に、大人たち3人が驚く。

「どうした? ソラリスさんは?」

 祖父とガンジスが急いで駆け寄ってくる。

「はあ・・・はあ。山賊が・・・ソラリスも、連れてかれた・・・」

「山賊だって? この村は貧しいし、今まで襲われたことなんかないぞ! ましてや人を攫うなんて・・・」

「魔界の封印が緩んでいるんだ・・・混乱が起こるのも必然か」

 祖父が家の外に出た。不意に、山賊の一人が祖父に切りかかった。

「ジャックさん!」 

 だが、祖父は難なくそれを避けた。そのまま持っていたステッキで山賊の首筋を打つ。山賊は崩れ落ちた。

 祖父とガンジスはそのまま村の中心部まで走った。私とリゲルもそのあとを追いかける。

 村は散々な有様だった。各所で火をつけられ、金品を奪われ、人が攫われている。

 祖父は山賊を見つけるたびにステッキで殴打したり、回し蹴りをして一撃で昏倒させていた。

 私はやっとのこと、ガンジスに追いついた。

「強いね。あれも魔法を使ってるの?」

「いえ、ジャック様はあの程度の相手には魔法を使うまでもなく、お強いのです。”勇者の剣”を失った今でも、白兵戦においてジャック様の右に出るものなど、数えるほどしかいないでしょう」

「勇者の剣?」

 そう聞いたが、ちょうど私達のところにも山賊が襲いかかってきて、答えてもらえなかった。その山賊は祖父が跳び膝蹴りで片付けた。


      ***


 混乱の中で、私は”何か”が空気中を漂っているのに気がついた。灰色だが、煙よりももっと濃度が高い”何か”だ。

・・・何これ?

「近づくな! それが瘴気だ」

 祖父の声にハッとする。

「瘴気はウイルスとは違う。明確に目に見える。これをちりあくたが吸うと眷属になり、モンスターが吸うと魔物になる。人間が吸うと・・・ああなる」

 手近な山賊をあらかた気絶させてから近づいてきた祖父が丘の上を指差した。そこには全身が異常に膨れ上がった人型の”何か”が暴れていた。今も家が一軒壊された。

「瘴気を吸うと、人は一時的に力を得る。そのあとは廃人になるがな。今回は山賊の一人が吸ったことに乗じて攻めてきたんだろう。リゲル、あれは村人ではないな?」

「はい。ジャックさん、ソラリスは・・・」

「あれを片付け次第、すぐに救援に向かう」

 祖父はそう言うと、身体に青白い"何か"をまとった。バリバリと聞いたことのないような音が鳴り、その青白い”何か”はハリネズミのように全方位に尖ったオーラを放出している。そのまま物凄い速さで瘴気を吸った山賊に躍りかかった。

「ガンジス、あれは!?」

「ジャック様は雷の魔法の使い手です。ただの雷ではなく、青い雷。勇者の力です」

 祖父は雷をまとったステッキで横殴りにしたあと、次いで顎を突き上げる。だが、山賊もタフで祖父を殴りつけた。まともに喰らう祖父。

 だが祖父も倒れ込むことなく殴ってきたその腕を掴み、電流を流し込む。苦しむ山賊。

 劣勢になった残りの山賊はそれを見て恐れおののいて逃げ出した。だがその内の二人がそこに留まった。その二人は自分の懐から小さなビンを取り出し、蓋を捨てて中から出てくる”何か”を吸い込んだ。


「グ、グオォォ・・・」

 それまで普通の人間だったその二人が、みるみるうちに異形の怪物になっていく。

「自ら瘴気を吸ったか。魔界の力を利用するとは・・・見下げ果てたやつらだ」

 祖父は冷静さを崩さない。三怪物の周りを飛び回り、雷撃をまとった痛打を確実に重ねていく。だがやつらも頑強だった。なかなか倒れない。


「ソラリス・・・クッ・・・」

 私の横で、リゲルが唇を噛んでいる。ソラリスのことをなかなか助けに行けないことを、歯痒く思っているのだろう。だが、祖父があの怪物達を放置したら、次に襲われるのは私達だ。


 リゲルは不意に、そこらを漂っている瘴気のところまで走り寄った。両手ですくい寄せ、自分の顔の元へ。そして深く吸い込んだ。

「リゲルさん!?」

 リゲルの身体も、徐々に膨らんでいく。全身が緑がかった灰色になり、血管が浮かぶ。

「グ・・・ググ・・・」

 両手で頭を押さえ、リゲルが苦しんでいる。

「リゲル!!」

 気付いた祖父が叫ぶ。


  グオオオォォーーーーー!


 村中に響き渡るような雄叫びを上げたあと、リゲルは山賊が逃げていった方角に走り去った。





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