第7話 クリル村③

 リゲルは巨体をドスドスと動かしているとは思えないほど早く山賊に追いつき、殴り倒していく。そして森の中に入り、姿が見えなくなった。

 祖父は沈痛そうな表情を浮かべながらも、次の一手を打った。

「フンッ!」

 手に持った真っ黒なステッキを地面に突き立てると、そこから青白い三本の電流が三体の怪物にまっすぐ伸びる。この三体は痺れて動かなくなった。

 祖父はステッキを地面に突き刺したまま、一体の怪物に飛びかかった。電撃をまとった拳を怪物の胸にめり込ませる。拳は怪物の皮膚を破り、身に喰い込む。

「ハァーーーー!」

 祖父が力むと、怪物が苦しみだした。祖父の周りの青白い雷のオーラが徐々に怪物の身体全体が黒くなっていく。怪物が膝から崩れ落ちた。そのまま倒れ込む。よく目をこらすと、怪物は内側から焼け焦げていた。

 祖父は残りの二体も同じように片付けていく。

 三体とも倒したとき、私とガンジスは祖父に駆け寄った。

「ジャック様! リゲル殿が!」

「ああ。分かっている」

 祖父はそう言って、山賊とリゲルが消えていった方向に走り去った。祖父こそ、目にも止まらぬ速さだった。次の瞬間には数十メートル先。数秒後には見えなくなった。

「私達も追いかけよう!」

「いや、それはどうかと・・・ ジャック様が向かわれていますし、私達が行っても足手まといになるだけでしょう」

「良いから! 行くの!」

 私も走り出した。ソラリスが、何より心配だった。見ず知らずの私に優しくしてくれたソラリスが。純真な、笑顔のかわいいソラリスが。


      ***


 私達もリゲルと祖父が向かった方向へ走った。ようやく二人を見つけたときには、ソラリスが倒れたリゲルにすがりついていた。祖父がその側に佇んでいる。

「何が・・・起こったの?」

 誰も答えない。

「ねえ!」

 私は祖父に詰め寄った。

「リゲルは・・・娘を護った。ソラリスを攫った山賊を殴り殺し、アジトを殲滅状態にまで追い込んだ」

 周りをよく見ると、天然の洞窟のようなものがすぐ近くにあった。入口のそばで、山賊が何人か倒れているのが見える。

「私が駆けつけたとき、最後の山賊を殺したあとだった。そしてリゲルは、ソラリスに駆け寄ったのだ。私は・・・動きを止めるために電流を流した。ソラリスに危険が迫っていると思ったからだ・・・だが、彼の身体はそれに耐えられなかった」


「父は、心臓が弱かったんです・・・」

 数分経って、ソラリスはようやく顔を上げた。泣き腫らした目が、赤く染まっている。

「ねえ、何とかならなかったの?」

 私は祖父に問いかけた。ソラリスの顔を見たら、言わずにいられなかったのだ。

「蘇生措置は試みた。だが、瘴気を吸った副作用か、どの臓器も著しく損傷していた」

「そういう話じゃなくて!!」

 私の剣幕に、祖父は驚いていた。

「あんなの蹴散らせるくらい強いんじゃないの!? すぐに倒せてたら、リゲルさんが瘴気を吸うこともなかった! ソラリスが攫われてたんだよ!? さっさと対処して助けに行ってよ!」

 祖父の表情は、ほとんど変わらなかった。

「大体、電流を流す必要はあったわけ!? リゲルさんは娘に駆け寄ろうとしただけなんじゃないの? ソラリスを助けにいったんだよ? 危害を加えるわけないじゃない!」

「仮にそうだろうとも、瘴気を吸った者は全身の筋力が著しく増える。ただ抱きしめるだけでも、ソラリスにとっては致命傷になるだろう。それに瘴気を吸うと、生物はまともに理性を保てなくなる。いつソラリスに危害が加えられてもおかしくなかった」

「だからって・・・」

 誰も何も言えない重苦しい空気が、その場には流れていた。


      ***


 父親を失ったソラリスは、私達の旅に同行することになった。

「本当にいいの?」

 私はもう一度、ソラリスに尋ねた。

「この村にはお父さん以外に知ってる人あんまりいないし・・・ それにお父さんがああなったのって魔界っていうところのせいなんでしょ? ちょっと・・・許せないなって。リリスたちと一緒にいたら、私も何かのお手伝いができるかもしれないし」

 ソラリスの眼は以前のように輝いてはいなかった。黒い光が、そこには宿っていた。

 ソラリスは私の馬に一緒に乗ることになった。荷造りのためにソラリスとガンジスが家の中に入っていったとき、私は祖父と二人きりになった。

「リゲルのことだが・・・」

 祖父が口火を切った。

「そうだ。私は、弱かったのだ」

 祖父の表情は徐々に歪んでいっていた。

「状況の予測もできていなかった。言われるまでもなく、後悔ばかりだ」

「うん・・・」

 何と返したら良いか、分からなかった。

「もうあんなことにはならない。同じ過ちは犯さない。約束する」

 そう言って祖父は自分の馬を繋いでいる方へ去った。


      ***


 私達四人は、三頭の馬に跨った。ソラリスが私のお腹に手を回し、ぎゅっと身体を密着させる。私はその手に自分の手をそっと重ねた。

 ソラリスは、私が護る。

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