第3話 始まり③

「全く、トルクの実のスープとは・・・ なんてものを食べさせようとしているんだ。私でも食えたものじゃないぞ」

「へえ。でも身体には良いもんですから」

「ふん。そんなものを食ったら余計具合が悪くなる」

「はあ、すみません」

「まあそんなことよりも」

 祖父が立ち上がった。いざ目の前にすると、随分長身だ。そしてどう見ても、西洋人のような顔つきだった。

「目覚めて、随分と驚いたことだろう。すまない。こんなところまで勝手に連れてきてしまって。ただ君の回復を待ち、意思を聞く時間はなかった。それほどまでに事態は切迫していたのだ」

 祖父が私の目をまっすぐ見て、そう言った。

「えっと、それはどういう・・・」

 私がそう言いかけたとき、祖父がとっさに別の方向をキッとにらんだ。その直後、


『魔物だーーー! 襲撃だぞー!!』


という声が響いた。同時に辺りが一気に騒がしくなる。え? 魔物? 何それ、どういうこと?

「いかん!」

 そう言って、祖父が走り出す。

「ガンジス! リリスを護れ!」

「へえ! お嬢様、こっちで!」

 ガンジスが私を、一番近くにあるロッジにいざなう。そして自分も入って扉を閉めた。

「この部屋の中は大丈夫ですよ。ジャック様が強い防護魔法をかけていますからな」

 ジャックというのが、祖父の名前だろうか。

「えっと、で、その・・・魔物っていうのは?」

「おぉ! そうでした、まだ説明していませんでしたな。六十年前にジャック様達が封印された魔界への扉ですが、その封印が最近緩んできたようなのです。なのでつい一週間ほど前、お嬢様が原因不明の高熱で倒れられた直後のことです」

 そうか、私は高熱で倒れたのか。うん? でも何か違うような気がする。しかし思い出すことができない。

「ジャック様はこの事態を大変苦慮し、再び封印するために旅立たれることにしたのです」

「お父さんとお母さんは・・・?」

「ベルク様とアイリス様は当然、領地を護っておいでです。領主として離れるわけにはいきません」

「じゃあ、なんで私もそっちにいないの?」

 それまで緊迫感のあったガンジスの顔が、わずかに微笑んだ。

「それはね、ジャック様といるほうが安全だからですよ。平和な時代を生きてきたご両親と領地に留まるより、どれだけ最前線に行こうとも、ジャック様と一緒にいたほうが安全だからです」

 え、何それ。

「ジャック様も平和の中でベルク様をお育てできることを喜んでおられましたから。特に何の訓練をすることもなかったのです。私としても数いる使用人の中からリリス様のお世話係を勝ち取るのがどれだけ大変だったか・・・ああ、いや、これは喋り過ぎました。忘れてください」

 勝手に話しておいて、最後は急に焦り始めた。そんな中、ロッジの扉が唐突に開いた。

 私もガンジスも一瞬ビクッとしたが、そこに立っていたのはジャックだった。

「驚かせてすまない。終わったぞ」

 思ったより早かった。魔物がでてから、まだ三分ほどしか経っていないはずだ。

「おお! そうですか。それはそれは」

「私が張っていた結界を破ってくるくらいだから協力な魔物かと思ったが、ただ数が多いだけだった。あのレベルの魔物が突破できるということは、この世界に流れる魔界の瘴気が強まっているのかもしれん。急ぐぞ」

 そう言って再び部屋を出ていった。ガンジスもそれについていく。

 一人残された私は、これからこんな日々が始まるのかという得もしれぬ不安に、心がどんよりしてきた。

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