第11話 人に怒りを持つ神々と私自身

私の家系は悪霊の巣窟であり、その中でも神仏様の怒りに触れていると言うではないか。


天罰でもあたっているのか。。。


祖母からの話では、神仏様に手を合わせるのを良き事ではなく、怨み等を言われると、その神仏様が動くと言うのだ。


大昔は、丑三つ時に神社、寺などで怨みをはらそうとする者がいたと。


今の現代からは、あまり想像できないが、真ならば、とんでもない事である。


では、そのようにされた神仏様が、裏返り、悪さする側になったというのか?


いったい、この家系は、何をしてそうなったのか?


そんな事を考えても、私にはわからないわけだ。


では、私はそんな裏返り怒りにまみれた神仏様をも元にもどれるように。

と言う事なのか?



これについてはこれ以上はわからない。


そうして、また何年も過ぎ去り、私は職場でとある人と出逢う。

と言っても、仕事が一緒なだけだ。


その人はお昼休憩になると、必ず一人だった。周りに聞けば、人との関わりは好きではないと。

また、人と仲良く話をするのも嫌なんだとか。


私はそれを聞いた時に、何かを感じる人だと言う事かなと不意に考えた。


だが、その不意に考えた事は、当たるのだ。


彼女は能力者だった。


ある一種の霊能者。


それが、解ったのは、何かのきっかけで、仲間内と一緒に少しお茶をしたりしたからだ。


そして、私は彼女から言われるのだ。


最もな自分自身のキーワードを。


まず、言われたのは、私の顔の表情がコロコロとかわる事。

そして、彼女の口から次に決定的な事がでた。


「過去世でもかな?巫女さんみたいだよね。」


そう、この「巫女」


これこそ、全てが丸く納まるような気がしたのだ。


巫女は、神社にいる巫女ではなく、神々の言葉をきく事ができる。いわゆる、ある種の能力者と言うものだ。


私が巫女ならば、このひっくり返る怒りの神仏様達をなんとかする手伝いをするのも、なんだか、納得がいく。


神々様の遣いともなれば、益々家系に生まれた理由すらもだ。。。


総合的に考えてみる。


私と言う自分自身は様々な角度から想像しても、今の自分自身に繋がっているのだ。


今現在、唯の自分自身として生きているわけだが、今生を通すとかなり見えてきそうだ。


今の自分自身を受け入れられているかは、正直疑問だが。。。


そんな、こんなで、一旦はわかるところまでは、紐解きをしてきたが、


不意に何かを考えたりする事はかなりのヒントかもしれない。


また、何かを妄想することも、自分自身に対するヒントなのだ。


最後に私の小学生の頃のアホな妄想を記しておこう。


思い出しても、なんてアホなんだ?と思う内容だ。


『幼い私が振り向き、「お爺様!」と呼ぶと、ジェントルマンな老人が、私の周りの友達に挨拶する。

「孫といつも、ありがとう。」

友達は、その老人にみとれている』


こんな空想、妄想をよくしていたのだ。


だが、これは、ひょっとしたら妄想でもなく、空想でもなく、


ご霊界での1場面の記憶ではないかと。

老人ジェントルマンは、もしかしたら、親のような神様かもしれない。


などと、勝手な妄想がまた広がりそうな私なのだった。。。



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皆様、如何であっただろうか。


この作品は作者である中筒ユリナが自分の今生から紐解きをしたものである。


語り手は私、中筒男命である、


ユリナは、自分の内側にいる私に向けて問いかける。


「私の内側にいらっしゃる中筒様は偶像でしょうか?」と。


その問に私からは、

「偶像でよい。

偶像でも、真でも、人の内側には、必ず縁のある神仏様が居られるであろう。」と。


人には、必ず帰るべき場所があり、そこには、自分の帰りを待ってくれている方々がいらっしゃる。


一人一人、育ててもらい、


転生しながら、学び、成長する事を皆が願っている。


貴方様の内側にもきっと、そのような神仏様達が沢山居られる事だろう。


見えずでも、何かしらのメッセージは、そこら辺りに投げかけてくれているやもしれぬ。



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他者とは違う私の好み 中筒ユリナ @ariosu-siva

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