第7話  ヒンズーの神様なのになぜ日本人?

前回までで、少し前進したところだ。


自分の勝手な妄想だが、確信有りな、きっとご縁あるヒンズーの神々様。


シブァ神様のファンなのが解ったところだ。


しかし、またここで疑問に当たるではないか。。


なんて事だ。一難去ってまた一難だ。


なぜ、ヒンズーの神々様なのに、私は日本人なのかという事である。


私は日本に生まれて、日本人である。

しかも、ヒンズー教徒ではない。


今までも、今もだが、外国に行きたいとは思わず、

海外旅行がブームな時代でさえ、全く興味がなかった。かと言って、国内に目が行っていかと言えばそれもなくだ。。。


学生の頃、20代前半の頃の私の行動範囲と言えば、チャリンコで行ける近所の古本屋と、CDや、音楽雑誌のある書店だった。。。


なんとも、狭きものなのか。。😓


そんな、小さな世界から、私が脱出する時がついに来るのである。


それが、最初の結婚による「県外に移り住む」と言うものだった。


チャリンコばかりで、かろうじてバスには乗れたが、電車にも乗れずな自分が、いきなり、他県に住み、電車に一人で乗れるようになるのだ。


我ながら、見事だと、自分を褒めてみる。


これは、大前進だ。今思えば、「社会をもっと知れ。」だったのだろう。


それを証拠に、自分が望んでもいないのに、土地から次の土地へ、旅行ではなく、移り住むようになるのだ。


生まれ育った土地では、半径何百メートルだったのが、、、なんて凄い事なんだ。チャリンコから、電車に移動手段が変わったのだ。


それを繰り返し、ついに次のご縁に繋がるのである。


それは、今から約2年くらい前、初めてブログを書き始めた頃、出逢いが起こるのだ。


予めいっておくが、ラブロマンスではない。


ブログを通じて出逢いし異性だ。


今一度、言っておくが、ラブロマンスではない。


異性なんだが、お互いに変だったのを覚えている。


コメント欄での唯のやりとり。顔も、声すら、知らない。わかるのは、文章でのやり取りから出る互いの人間性だけだ。


だが、なぜか、不思議な感覚だった。


お互いに、親しむのが、尋常ではない感じがしていた。


この出逢いこそが、私が日本人だと言う事を教えてくれたのだ。


その彼は神社によく行くようで、ブログの記事からもその写真等が添えられていた。


私は寺には行くが、神社には・・・

ほとんど行かずだった。


彼のブログを通じ別の方々の記事を開けば、これまた神社なのである。


そう、もうお解りであろう。


ここに来てやっと日本の神々様が私の人生に登場するのである。


そして、始まった日本神話とも言うべく日本の神々様。


まず、私と日本の神様との出逢いは、祖母が信仰していた「天照大御神様」だけである。


だが、私は全くその天照大御神様を意識したことはない。名前は知っている。ただそれだけだった。


そして、出会った彼を通して繋がったと感じたのが、「アカルヒメ様」だった。


彼の記事の中で「お姫様」と言う言葉が登場していたのだが、私はその「お姫様」の意味すらも解らずだった。後に女神様の事だったのだと知るのだ。


そうして、自分自身とても惹かれ、何かを感じる神々様との出逢いを果たすのである。


それが、住吉大社にて鎮座されている、住吉三神様なのだ。



この神々様との出逢いにより、私の自分自身を探す旅は、また一歩前進したと言えるのだ。



次回はその住吉三神様との事を話そう。


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