第33話 私が心から愛する妻(終)



 それから私たちは、一緒にその場に残された護衛騎士達が赤面して咳払いするほど、いちゃいちゃちゅっちゅしながら馬車に乗り込んだ。


 そして家に帰ってから、結婚休暇中のことに関して、ステファニーに散々叱られた。


「ちゃんとわたくしの話を聞いてくださいまし!」

「はい」

「勝手にわたくしの気持ちを決めつけないで。わたくし、本当はもっとずーっと前から、許してもいいと思っていたんですからね!?」

「えぇ……」

「そんながっかりしない! もっと反省して!」

「はい、すみませんでした」


 項垂れている私の横から、ステファニーがしなだれかかってくる。

 そう、説教をしながらも、彼女はなんだかんだ、私の隣をキープして離れないのだ。


 あまりに仲睦まじい私達の姿に、執事はにっこり微笑み、メイド長は涙し、侍従侍女達は俯いてプルプルしていた。おい、全員もっと頑張って鉄面皮でいてくれ!


「それから、ミッチー」

「はい」

「今夜は……ちゃんと部屋に来てくださいまし」

「……」


 石のように固まる私の頰に、ステファニーはむちゅーっと口づけをすると、「ふふっ、ほっぺにルージュがついてますわよ旦那様♡」と言いながら楽しそうに去っていった。


(ど、どうしたらいいんだ。いや、ここから先は好きにしていいということじゃないのか)


 何故か初夜よりも緊張しながら、夜、私は共寝用の部屋で彼女が来るのを待っていた。


 何故私の方が早くに部屋に来て待っているのかって?

 女性の初夜のための準備は、それはもう果てしないのだ。

 あの頬への口付けの後、「時間がありませんができる限りのことをいたします」という気合に満ち溢れたメイド長に攫われたステファニーは、夕食にも姿を見せなかったし、何時になったらこの部屋に現れるのかも私にはさっぱり分からないのだ。


(本当に来てくれるんだろうか……)


 ソファと寝台を行ったり来たりしながら、私はただただステファニーを待つ。

 ことここまで至ると、妹達から借りた書籍は役に立たなかった。なにしろ、今書籍を読んでも全く頭に入って来ないし、書籍の知識を思い出そうとしても頭の中はステファニーで一杯なのだ。


(私はこんなにステファニーのことが好きなのに、どうしてあんな酷いことを言えたんだろうか……)


 今となっては、私は2週間前の私の気持ちが分からない。

 私は本当に、骨の髄までステファニーにメロメロキュンキュンであった。


 ――チリリリン。


 先触れのベルの音が鳴り、私はビクリと背筋を正す。


「若旦那様。若奥様が来られました」

「分かった。入ってもらってくれ」

「はい」


 私は高鳴る心臓を手で抑えるようにしながら、扉を見つめる。

 見つめていると――。




「ミッチー! あなたの愛する新妻ステファニーですわよー!!」




 声とともに、扉から私に向かって突撃してきた彼女は、間違いなく私の妻であった。


(ぶ、ぶれない! 私の妻、本当にぶれない!)


 初夜(リテイク)に当たって緊張していると思いきや、変わらず私に突撃し、その勢いのままベッドに雪崩こむ姿は、まさにステファニー。私を「ミッチー」と呼んでくれる、元気で可愛い妻であった。


「愛してるわ、ミッチー!」

「……本当に?」

「ええええ、ちょっとミッチー! そんな不安そうな瞳で見上げてくるなんて、卑怯ですわ! この誘い受け男! 大好き!」


 私を何故か罵倒してくるステファニーは、私を押し倒したまま一人で悶えている。

 その姿は、やはり女神のように美しかった。絹糸のような金色の髪も、琥珀色の潤んだ瞳も、全部全部、私のものだ。


「ミッチー。そろそろ素直になって、わたくしのこと愛してるって言っていいのよ?」


 初夜をやり直すかのように、悪戯めいた顔でそんなことを聞いてくる私の宝石。

 彼女がおねだりしてくるのであれば、やはり私はこう答えるべきだろう。




「愛してるよ、ステファニー。私の心は、君だけのものだ」




 その言葉を聞いた後、しばらくステファニーは「ミッチーったら女たらしね!」「リップサービスが過ぎますわ!」と散々照れていたけれども、そのうちにぽろぽろと涙をこぼし始めてしまった。


「ステファニー!?」

「ミ、ミッチーこそ、本当に?」

「知ってるくせに」

「知っていても、言葉にして言って欲しいものなのです!」

「そうだな。……そんな簡単なことが、私には分かっていなかった。ちゃんと知ることができたのは、君のおかげだ」


 それから私は、寝台の上に座り、ステファニーの瞳を見ながら、沢山愛を囁いた。

 ひとしきり私の言葉を聞いたステファニーは、「どうしてこんなに手慣れてしまいましたの」「昨日までの恥じらうミッチーも捨てがたかったのに」とぶつぶつ言いながら、それはそれは嬉しそうに微笑んでいる。


 微笑んでいる。


 微笑んで――魔法で、鞭を作り出した。



「え?」

「ミッチー、わたくし沢山勉強してきましたの。ミッチーのために、色々と考えて用意しましたのよ!」



 ウキウキのルンルンで、闇魔法で色々な道具を作り出すステファニーに、私は蒼白になりながら「えっ」「あの」「待っ」「ちょ」と言葉にならない声を漏らす。

 しかし彼女は止まらない。

 鞭を片手にそう言って笑う妻は、悪魔のように美しかった。


 今日、これから一体、何がどうなるのだ。正直、逃げ出した方がいいんじゃないか。胸の内から、初夜リテイク前のように拒絶の悲鳴が湧き上がってくる。怖い。とにかく怖い。


 しかしここで私は逃げる訳にはいかない。もう仲直りをするための休暇期間は残されていないのだ。


(ステファニーは一体、何をする気なのだ……どこを目指しているのだ……)


 血の気が引く思いで向き合う私に、ステファニーは残酷な言葉をかける。



「ミッチー、今日はきっと楽しい夜になるわ。沢山わたくしを愛してね」



 にっこりとそれはそれは美しい笑みを浮かべる彼女に、何をどう言い繕って誤魔化すか必死に考える。


 しかし、新婚2週間にして彼女の尻に敷かれている私は、最終的に諦めの境地に至るのだった。






〜終わり〜







ご愛読ありがとうございました。



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初夜で妻に「君を愛することはない」と言った私は、どうやら妻のことをめちゃくちゃ愛していたらしい 黒猫かりん@「訳あり伯爵様」コミカライズ @kuroneko-rinrin

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