第29話 夫を撒く妻 ※ステフ目線



 顔を上げると、パチリと向かいの店の店内にいるミッチーと目線が合いました。



(えっ?)


 ミッチーはパチパチと目を瞬いて、こちらを見ています。

 わたくしはそっと、ボンネットで顔を隠すようにそれとなく逆方向を向き、紅茶を飲み切ると急いでその場を立ち去りました。


(だ、大丈夫ですわよね? 遠目ですし、顔もほとんどボンネットで隠れていましたし、髪の色も違いますし、相手はあのミッチーですし)


 以前この国の令嬢向けの雑誌のモデル一覧を見せて「ミッチーは誰が一番綺麗だと思いますの!?」と詰め寄ったところ、ミッチーは首をかしげてわたくしを見るばかりで、雑誌に載っているモデルの令嬢達に全く興味を示していませんでした。セイントルキア学園時代も、同じ学年の女性に関して「見分けがつかない」「髪の色が違うと分かりやすいんだが」「全員髪を色鉛筆のように色分けして染めてくれないだろうか」と最低なことを言いながら悩んでいたくらいです。髪の色を変えてボンネットを深く被ったわたくしと一瞬目が合ったくらいで、わたくしがステファニーだと気がついたりはしないでしょう。


 わたくしは慌ててパタパタと大通りを早足で歩きながら、人混みを縫うようにしてミッチーから距離を取ります。


 距離を取ります。


 距離を……。


(……!? 追いかけてきてる!?)


 ミッチーは背丈も肩幅もあるので、人混みの中にいても一つ頭が飛び出していてとても目立つのです。

 なんだか、その目立つミッチーが、店を出てわたくしの方向にずんずん向かってきているように見えます……。


(どういうことですの? あの状況で、わたくしがステファニーだと気がつく訳が……)


 わたくしのお忍び技術は結構な腕前です。

 知り合い何人かを相手に、気がつくかどうか試したことがありますが、皆わたくしが直接声をかけるまで気が付くことはありませんでした。

 となると……。


(今のわたくしの見た目が単に、好みだから……?)


 じわーっと瞳に涙が浮かんできます。

 今のわたくしは、普段のわたくしと違って、地味目な髪の色に桜色のルージュの、まさにミッチーが憧れている清楚系かわいい令嬢です。

 黙っていれば、彼の好みドストライクなのかもしれません。

 ……黙っていれば。


 こぼれ落ちてくる涙を無視して、わたくしは必死に足を動かします。


 そうしていると、目の前に若い街娘たちの集団が現れました!

 どうやら何かの習い事の帰りのようです。わたくしはその集団に紛れながら、おそらく目印となっているであろうボンネットをそっと外して買い物籠にしまい、ミッチーを撒くようジグザクに動きます。


(そろそろいいかしら……)


 こっそりその集団から抜け出たわたくしは、するりと路地裏に入り込んで一息つきました。

 体が大きな彼は人混みを抜けるだけでも一苦労のはず。ここまですれば、ミッチーもわたくしを追ってこられないはずです。


 安心すると同時にぽろりと涙が目から溢れてしまいました。

 はあ、早く帰らなければ……。



 そう思って大通りに戻ろうとしたところで、急に行く先を太い腕に阻まれて、わたくしはびくりと体を震わせます。



「おっと、お嬢ちゃん。どこに行くつもりなんだい?」



 ぎょっとして振り向くと、そこには30代から40代くらいの見窄らしい格好をした男性が3人、いやらしい笑みを浮かべながら、わたくしを取り囲んでいました。


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