第30話 ピンチに陥る妻 ※ステフ目線




「おっと、お嬢ちゃん。どこに行くつもりなんだい?」



 ぎょっとして振り向くと、そこには30代から40代くらいの見窄らしい格好をした男性が3人、いやらしい笑みを浮かべながら、わたくしを取り囲んでいました。


「大通りに戻りま……戻る、の。邪魔しないで」


 わたくしは丁寧な言葉遣いを改めましたが、それを聞いて男達はニヤリと笑みを深めます。


「へえ、その言葉遣い。いいとこの嬢ちゃんだな」

「上物じゃないか。こんなところで一人でふらふらするなんて、不用心だよなぁ」

「いいとこの令嬢にありがちのお忍びってか? 冒険恋愛小説に憧れて、こういうことをするバカな娘は絶えないんだよなあ」


 ゲラゲラと下卑た笑い声を上げる三人に、わたくしは背筋を伸ばしたまま向き合います。


「……いいから、この場ですぐにわたくしを解放しなさい。後悔しますわよ」

「おおっ、こりゃあ本格的にお嬢様だ!」

「威勢のいいこって、どこにその自信があるんだろうなあ」

「なんでも自分一人でできるっていう万能感、羨ましいねぇ。若い娘っていうのはこうでないと」

「……! 離しなさい!」


 そうこうしているうちに、男達がわたくしの右手を掴んできます。


(全く、仕方ありませんわね)


 わたくしは得意の闇魔法で、鞭を作って反撃に出ようとして――それができないことに、ようやく気がつきました。


「……!? ど、どうして」

「おっと、気が付いたか」

「魔法対策ぐらいしているに決まってるだろう?」

「お貴族様やいいとこのお家だと、魔法を習っていることが多いからな。下品な下町の人間だってそれくらい知ってるさ」

「魔法を使えると思って油断していたんだろう? 箱入り娘にありがちな世間の狭さだねぇ」


 わたくしの手の届かないところにいる男が、何やら大きめの光る懐中時計のようなものを持っています。

 チェーンにぶら下げられたそれが原因で魔法が使えないようです。おそらく、何かの魔道具なのでしょう。


(まずいですわ、こうなってしまうとわたくしはただの非力な一般人ですわ)


 諦めて大声を上げようとしたところで、当然ながら強い力で口を塞がれてしまいます。

 わたくしの口を塞いでいる男は、わたくしを舐め回すように見るとごくりと唾を飲み込みました。


「……本当にいい女だ。今日はいい日だな」

「ほら、行くぞ。これ以上騒がれると面倒だ」

「分かってるよ。こっちに来い!」

「むぐ……ッ!」


 わたくしは口を塞がれたまま抵抗しますが、男の腕力に敵う訳がありません。


(どうしよう、どうしましょう)


 供を一人も連れずに街に出て路地裏に入るなんて、不用心もいいところでした。男達の言うとおり、わたくしは魔法が使えるからと調子に乗っていたのです。こんなことになるなんて、思いもよらなくて。


(ミ、ミッチーが気がついてくれたら)


 わたくしは、さっき自分で撒いてきたはずの夫を思い浮かべます。


 彼は見ず知らずの好みの女を追いかけていただけです。沢山の街娘達に紛れて見失った少し気になっただけの女を、こんなところまで追いかけてきてくれるでしょうか。

 追いかけてきてくれたらくれたで色々と別の問題が発生しますが、わたくしを助けてくれるとしたらもう彼しか――。


(…………)


 いや無理ですわ。

 いくらミッチーでも、この状況で駆けつけるなんて素敵ヒーローすぎますわ。

 わたくしはわたくしの力で、この状況から脱出するより他はないのです。


「おい、暴れ出したぞ!」

「大人しくしろ! 痛い目にあいたいのか」

「当て身でも食らわせろ! 静かにさせるんだ」


 わたくしは殴られる覚悟で、渾身の力で暴れ回りますが、どんどん路地の奥に引き摺られていってしまいます。

 この路地裏を曲がったら、きっと誰にも気づかれることなく、逃げることは叶わないでしょう。


(お願い、誰か……!)


「この……ッ!」

「――!」


 男の一人が拳を振り上げたのが見えて、わたくしは思わず目を瞑りました。

 けれども、待てどもくらせども、痛みはやってきません。


「……?」


 恐る恐る目を開けると、男が振り上げた手を掴んで離さない人物がいました。




「彼女に何をしている?」




 怒りに震えるそのバリトンボイスの主を、わたくしは誰よりもよく知っています。



(えーーーーっ!?)



 そこにいたのは、マイケル=マクマホン。

 なんと、私の王子様スイートハニーが助けに来てくれたのです!!


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