第11話 いまだ調子に乗っている私




 顔を洗い、服を着替え、朝食の席につく。


 そして私は、ふと気がついた。



(ステファニーに会いにいく以外、何もすることがない……)



 昨日から二週間ほど結婚休暇を取得していた私は、ステファニーの好きに過ごそうと思っていたので、何もすることがなかったのだ。


 いや、あるといえばある。

 趣味の模型作りだ。


 ステファニーはいつも、私が模型作りをしている時だけは、私に触れることなく、静かに私を見守ってニコニコ微笑んでいた。

 正直、その視線も若干鬱陶しかった。


 けれども、いざ一人になると、これ幸いと趣味に勤しむ気になれないのだ。


(……今日なら、好きなだけ邪魔してくれても構わないのに……)


 そんなことを思いつつ、朝食を摂っていると、執事が静かに問いかけてきた。


「若旦那様、今日のご予定は?」

「……」

「終日、本邸への訪問ですね。承知いたしました」


 何も言っていないのに、予定が決められてしまった。


 まあいい、私だって朝食を摂ったらステファニーに会いに行こうと思っていたんだ。

 本当に、気の利く執事だ!


「それで、若旦那様。若奥様への謝罪は上手くいったのですか」

「……」


 上手くいっていたら、ステファニーは今ここに居るよ。

 本当に、気の利かない執事だ!


「何をすれば良いか、分かっていますね?」

「……花束を買っていく」

「それは良いことです。手配いたしましょうか」

「……いや、自分で選ぶから、いい」


 私のその言葉を聞いて、老執事はにっこりと微笑んだ。


「それはよかった。我々に適当に選ばせるようでは、男としてお終いですからね」


 執事の言葉に、メイド長や他の侍従侍女達もにっこり微笑んでいる。


 どうやら私は踏み絵を踏まされていたようだ。

 勘弁してくれ……。




 朝食を摂り終えた私は、ステファニーが好きな赤い花の花束を買い、本邸に向かう。



 そして、案の定なのだが……。



 私の実家勢の力により、彼女とは会わせてもらえなかった。



「昨日の今日で会わせる訳ないでしょ?」

「もっと反省してからよ!」

「兄さん、残念ながら今日は諦めた方が……」


 しかし私は諦めなかった。

 結婚休暇中の私には、時間だけは潤沢にあるのだ。


 そして私は、ステファニーに会わせてもらえるまで帰らないと粘りに粘り、根負けした実家勢に、本邸内をうろつく許可を出させることに成功したのだ!


「全くもう、勝手にしたら!」

「本当、兄様は思い通りになるまでしつこいんだから」


 去っていく妹達の言葉も、調子に乗っている私の耳には入らない。



(ふふふ、これでこっちのものだ)



 ステファニーに勝手に声をかけないことを条件として出されたが、そんなことは問題にはならない。


 なにしろ、ステファニーは私に惚れているのだ。


 初夜の時は色々と狼狽していたこともあるだろうが、既にあれから二日経っている。気持ちも落ち着いているだろう。

 そして何より、ステファニーは私に会わずに早1日を経過している。

 あれだけ毎日私の顔を見て、隙あらば私の顔に好き勝手にちゅっちゅしていた彼女は、きっとマイケル=マクマホン欠乏症に陥っているだろう。


 きっと、私の姿をちらりと見るだけでも、こちらに駆け寄ってくるに違いない!


「くくっ。さすが私。計画どおりだ……いや笑うな、今はダメだ……」


「やべえ、兄貴笑ってるぞ」

「とうとう狂ったんでしょうか……一体どうしたら……」

「いや、触れるな。触れたら感染うつるから、俺たちは離れよう」


 弟達の声を無視した私は、さっそく花束を抱えて本邸内をうろつくのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る