結婚休暇2日目
第10話 妹達の説教と反省が足りない私
チュンチュンと鳥の声が聞こえて、私はようやく目を覚ます。
ベッドの上でぼんやりしながら、隣をふと見て誰もいないことを確認し、ぽっかりと胸に穴が空いたような虚しさを感じる。
その後、枕元に積み上がった本を見て、ため息をついた。
ステファニーを追いかけて本邸に向かった昨日、私はあれから私はステファニーに会うことはできなかった。
そして、散々母と妹二人から詰られた。
それはまだいい。私が悪いのだから。
問題はその後だ。
私は妹二人から、数冊の本を渡されたのだ。
「ほら、今直ぐこれを読んで」
その本は、どれも薄くて読みやすそうな文体の大衆向け娯楽小説だ。
そして、タイトルが異様だった。
『初夜に【君を愛することはない】と言われたので、復讐することにしました』
『初夜に【君を愛することはない】と言われたので喜んでいたら、それを言った当の本人が狼狽えています』
『初夜に【君を愛することはない】と言われたので、流行りの初夜離縁しました。全く、そういう大事なことはもっと早く言いなさい』
『初夜に【君を愛することはない】と言われたので驚いた瞬間、精神魔法をかけられました。夫が敵国のスパイだなんて聞いてません!』
「な、なんだこれは……」
唖然とする私に、神妙な顔をした妹二人が口を開く。
「最近、貴族令嬢の間で流行りの書物です」
「流行ってるのか!?」
「そうですわ。兄様も内容が気になるでしょう?」
「それは、……いや、だが、こんな私が言ったことをなぜ……予言書……」
「いやいや、だから流行りの書物ですって! お兄様のことなんか誰も知りませんわよ」
混乱の極みにある私に、妹達がツッコミを入れる。
その本を手に取り、パラパラと読むと、非常に共感し難い内容が記載されていた。
「なんだこれは。なぜサプライズのように、婚儀の直後で疲労困憊の中、このようなことを言うんだ? 愛することがないなら、初夜ではなく婚約時に話し合うべきではないのか」
「お兄様、ブーメランで惨殺死体が出来上がっていますわ」
「なぜこんなにも、同じような内容の書物が……」
「物語の起点に頻繁に使われるほど、異常な台詞だってことですわよ」
妹の言葉に、私は後ろ手に殴られたような衝撃を受ける。
「お兄様はそれだけのことをしたの。ここまで断罪はされないにしても、普通に離縁はありえる内容よ」
「そ、そんな……」
「そんなじゃないわ。大体ね、兄様はステファニーお義姉様に甘えすぎなのよ! お義姉様が好き好き言ってくれているからって、あぐらをかいて、自分からは全くアプローチしたことはないでしょう」
「……」
言葉もない私に、妹達は氷のような目線を送るのみだ。
「その本をよく読んで、反省して」
「お義姉様が何を望んでいるのか、ちゃんと考えながら行動するのよ!」
そう言って押し付けられた本を手に、私は項垂れたまま家に帰った。
けれども、この時の私はまだ、本当に納得した訳ではなかったのだ。
いや、もちろん、ステファニーに悪いことをしたとは思っている。
ただ、心の防衛本能で、自分にはまだ情状酌量の余地があると思っていたのだ。
(本当に、ここまで非難されるようなことなのか? 物語だから、面白おかしく脚色しすぎているんじゃ……)
妹から借りてきた本では、夫達は初夜の失言の後、奴隷落ちしたり物乞いになったり不能になったり処刑されたりしていた。
果たして、そこまでされる程の大罪なのだろうか。
(きっと妹達が、私を懲らしめるためにわざと過激な本を選んだに違いない)
私は自分の精神の安定を保つために、自己弁護の理屈ばかりをこねくり回す。
そうだ、ステファニーはなんだかんだ、私のことが好きなんだ。
私が誠心誠意謝れば、すぐに許してくれるはずだ。
そんなことを思っていると、足元からニャーンと可愛い声が聞こえる。
「エリザベス、おいで」
エリザベスはうちの飼い猫で、真っ白な毛並みに水色の瞳の猫だ。
私が呼ぶと、エリザベスはととっと優雅な動きで私のベッドの上まで登ってきた。
私は丸まった彼女の毛並みをゆっくりと撫でる。
その艶やかな毛並みと暖かさに、私はほうとため息をつく。
「お前もステファニーが居ないと寂しいよな?」
「なーん?」
「そうかそうか、そうだよな。任せろ、私が連れ戻してくるからな」
「にゃふ?」
私は首をかしげるエリザベスを撫でながら宣言する。
そう、そんなことを言えるほど、この時の私はまだ余裕綽々だったのだ。
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