第7話 妻からの恐ろしい問いかけ



「いや、ステファニー。私はそこまで深刻に考えて発言した訳では」



 私はこの非常事態に目を白黒させながら、現実逃避しようとする精神をなんとか奮い立たせて、言い訳をする。


「じゃあ昨日のあれは、ただのマイケル卿の性癖によるプレイの一環で、本当はわたくしにメロメロキュンキュンの愛妻家ですの?」

「なぁっ!? いや、別にその、メロメロとやらは知らないが……」

「ではやはり、わたくしを愛してもいないし、今後愛することもないのですね」


 恐ろしい問いかけに、私はビシリと石像のように固まってしまう。


 なんだこの状況は。

 私は、ステファニーにいつもどおりに戻ってほしいだけなのだ。

 いや、いつもよりも少し控えめなくらいだと嬉しかったりはするが、とにかく彼女が元気に笑っていないと落ち着かない。


 それだけなのに、何故この恐ろしい二択を迫られてしまうことになってしまったのだ。


 いつもどおりに後者を選ぶと、ステファニーは私に失恋したと思って、私から心を離してしまうのだろう。


 かと言って、前者……わ、私は彼女にメロメロキュンキュンなのか? あ、あ、愛……性癖……!?


「……お優しいのですね。わたくしが泣いているから、はっきり言いづらいのでしょう?」

「え!? ち、違うぞステファニー! わ、私は……」

「違う? では、わたくしを愛しているの?」

「……!? そ、それは、その……」


 私はステファニーを愛しているのだろうか!?


 今まで正直、考えたこともなかったので、すぐに返事を返すことができない。


 ずっと漠然と、ステファニーは私のことが好きで、私は彼女から逃げるのを諦めたのだから、これからは今までの関係のまま、ずっと一緒にいるのだと思っていた。

 だから、彼女がいなくなるのは困る。


 けれども、そんな思いだけで「愛している」と嘘をついても、彼女は見抜いてしまうだろう。


 わ、私はどうしたら……。


 しどろもどろになっていると、彼女は諦めたような、絶望したような顔をして、私の頭をそっと撫でた。


「今までありがとうございます。沢山夢を見させてもらいました」

「ステファニー、待て!」

「わたくし、お金稼ぎは得意ですから、慰謝料も沢山払えますわ。離縁も白い結婚も愛人も、あなたのためなら受け入れます。でもね、あなたを愛していて……昨日まで、あなたからも愛されていると思っていたから……今後あなたに愛されることがないという事実を受け入れるために、少し時間が必要ですの」


 泣きながら、それでも笑顔で話す彼女に、私は言葉が出なかった。


 どちらかというと、手が出そうだった。

 彼女を抱きしめたい。こんなふうに泣かせたくないし、私から離れていってほしくない。


 だけど、私はステファニーの鞭で縛られたまま、彼女に指一本触れられない状況だった。

 本当に、彼女が絡むといつもこれだよ!


 正直、私は自分が彼女を愛しているのか、良く分からない。この結婚についてもついさっきまで、政略結婚だしまあ仕方ないか、ぐらいに思っていたしな。


 だが、昨日の言葉が彼女を傷つけたのだから、私に言えることは、そうだこれだ!


「ステファニー、昨日の発言は取り消す! 私は君を愛しているのかは自分でも分からないが、君を愛する努力をする! だから……」

「10年以上一緒にいて、だめだったのに?」


 その諦めた声音に、私は息を呑む。


「やはり一度実家に帰ります。わたくしが戻るまでに、離縁か白い結婚か愛人か、決めておいてくださいませ」


 そう言うと、夜のうちに荷造りを済ませていたらしいステファニーは、そのまま荷物を持って部屋を出て行ってしまった。


「ステファニー! 待て、ステファニー!」



 私の叫びは、彼女に届かなかった。



 こうして彼女は新婚生活初日に、白い結婚のまま実家に帰るために出て行ってしまったのである。



 そして、鞭でぐるぐる巻きにされたままだった私は、一時間後に執事とメイド長に救出された。


 なんでもっと早く助けにこなかったのかと二人に聞くと、執事もメイド長も、困ったような戸惑ったような顔をしていた。


 なにやら、しばらくそのままにしておいた方が悦ぶから放置しなさいという、ステファニーの指示があったらしい。



 ステファニー!!


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