第8話 妻のいる場所
さて、実家に帰ると言っても、そう簡単にはいかない。
何しろ、私の家は当然ながら、侯爵領にあるのだ。
侯爵は国にとって主要な領地を収める仕事を担う。国境付近の領地を持つ場合、辺境伯と呼ばれることもある存在で、その領土は基本的に広い。
要するに、広大なマクマホン侯爵領にある私の別邸から、広大なスマイル侯爵領のステファニーの実家に帰るということは、結構な距離の旅路となる。
まあ、マクマホン侯爵領とスマイル侯爵領は比較的近いので、馬車で片道10日といったところだろうか。
ともあれ、それだけの日数がかかる場所にすぐに帰れるはずもなく、今日の彼女の行き先は予想どおり、私の両親の住む本邸だった。
そこには、昨日の婚儀に出席したステファニーの両親達が泊まっているのである……。
「マイケル。お前、新婚初日に嫁さんを泣かすとは何をしているんだ」
「昨日婚儀を挙げたばかりなのよ? しかもあれだけあなたに夢中だったステファニーちゃんが家を出るなんて、一体何をしたのよ」
「兄さん、何してんの? 喧嘩するにしても早すぎるだろ」
「兄様、新婚早々妻を泣かせるなんて最低ですわ」
これも予想どおり、本邸に私の味方は存在しなかった。
泣き腫らした目で現れたステファニーに、親族一度驚きながらも事情を聞いたけれども、彼女は「自分が悪い」の一点張りで、何も言わなかったらしい。
しかし、昨日あれだけ幸せそうに笑っていた可愛い花嫁が、翌朝に肩を震わせながら泣いているその悲壮な姿に、スマイル侯爵家一同は驚き、マクマホン侯爵家一同は私への怒りを溜めに溜めていたようだ。
「……あの、彼女は」
「こんな状態で兄様に会わせる訳ないでしょう? まずは反省よ、反省」
「マイケル、何をしたのかこの場でハッキリ言いなさい。あれだけあなたに激甘のステファニーちゃんが家を出るなんてよほどのことよ」
「お兄様。あんなに素直で可愛くて美人で気立のいいお嫁さんの、一体何が不満なの。不満に思える程、お兄様は立派な人間なの?」
母と二人の妹の怒りに、私は小さくなるばかりだ。
最初は一緒に怒っていた父と弟達まで、その勢いにたじろいでいる。
「はぁ〜〜〜? 初夜に『お前を愛することはない』ですってぇ!?」
「女の敵。いえ、人類の敵。最低よ、こんなのがお兄様だなんて恥ずかしい」
「マイケル、こうなったら死んでお詫びするしかないわ。お母様も後を追うからね」
「お母様待って! 死ぬのはこのバカ兄貴だけでいいわ!」
「私が死ぬのは確定事項なのか……」
私を床に正座させ、その周りを囲んだ母と妹二人は、口々に私を罵倒しながら死を迫ってくる。
ソファに座る父と弟達からは、「マイケル、流石にお前……」「兄さん、マジで最低だな」「あのステファニーさんでダメって、兄貴男色なの?」「兄さん、これはちょっとフォローできません……」と口々にドン引きコメントが漏れている。
「い、いやでもな。私は普段からこのぐらいのことは言ってた訳だし」
「結婚当日に言うなんて、兄様は頭がおかしいの?」
「そもそもお前、いつもそんな酷いことを言うなと散々言って聞かせていたというのに、母は情けない……!」
「新婚なんだから、例え政略結婚だったとしても、愛の言葉を囁くのはもはや義務でしょう。お兄様はそもそも、ステファニーお姉様にそういうの、言ったことある?」
愛の言葉を囁く。
言われてみたら、私からステファニーに何かこう、好意的な言葉を口にしたことがない。
だ、だってだな、彼女は私が気を抜くと、すぐに私の背後や横から抱きついてきて、髪の毛をぐちゃぐちゃにしたり、持ち物を盗んでいったり、至近距離から可愛い顔で「ミッチー大好き♡」とか囁いてきたり、飲みかけのコーヒーを「間接キス!」と言いながら飲み干していったりするのだ。
だから、これ以上好意が高まって行動がエスカレートしては敵わないと、私は彼女に常に素っ気ない態度ばかりしていた……。
「この反応、まさかの一度も……」
「兄様、最低よ」
「やはり死んでお詫びを」
「「母様は早まらないで!!」」
「マイケル君」
頭が上がらない私に、背後から声がかかる。
血の気が引く思いで後ろを振り向くと、やはりというか、スマイル侯爵が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます