第5話 妻から衝撃の事実を聞いた
今もまだ琥珀色の瞳を涙で揺らす彼女に、私は息が止まるかと思うほどの衝撃を受ける。
「な、あ……ステフ、どうした」
「……」
「本当に、昨日からどうしたんだ。何か気に食わないことがあったのか?」
「…………会えないって、言いましたのに」
「……すまん」
昨晩泣き明かしたことを思わせる掠れた声でポツリと責められて、私は慌てながら謝罪する。
なんだ、どうしてまだ泣いているんだ。
誰が泣かせたんだ。私か。私なのか。
彼女は私の謝罪を受けると、下を向いて小さな肩を震わせながら、ポロポロと涙をこぼしていた。
こんなに小さくなった彼女を見たのは初めてだった。
彼女はいつだって、明るくて傲慢で奔放で、私を振り回すばかりだったのに。
いや、今この瞬間も、私は振り回されているが……。
「……! 離してください!」
「あ、いや、ええと……」
気がついたら、私は彼女を抱きしめていた。
こんなことをしたのは、正直初めてだ。
いや、だってだな、そもそも彼女が私を拒絶しようとするのが初めてなのだ。
私から何かする前に、彼女は常に私にまとわりついて、へばりついてきていた。
だから、私から彼女を捕まえて閉じ込めておく必要なんて、今まで一度もなかったのだ。
そんなことを思いながら、私は想像よりもずっと小さくて細い彼女の身体を、今度は意識的に逃さないように抱きしめる。
私は割と背丈もあり体が大きい方なので、彼女の体はすっぽり包み込まれてしまった。
「は、離してくださいと言ってるでしょう!?」
「言ってるな。それと、私が言うことを聞くのかどうかは、また別の問題だ」
「理屈っぽい! 最低! そこが好き! ――ハッ」
一瞬、いつもの調子を取り戻した彼女は、我に返った後自分の失態に慄いている。
はわわ、と顔を赤くする彼女は、食べてしまいたいくらい扇情的で可愛らしかった。
「……旦那様、顔が真っ赤ですわ! 熱がおありなのでは!?」
「何もない!」
くそ、このすぐ赤面する顔はどうにかならないのか。
男なのに私は色が白いので、すぐに感情が顔色に表れて、彼女にいつもからかわれているのだ。
「……とにかく、離してくださいまし!」
暴れる彼女に構わず、私は彼女を優しく抱きしめる。
彼女には悪いけれども、彼女が私の腕の中に収まって、私はようやく気持ちが落ち着いてきたのだ。
よく分からないが、昨日の夜からずっと、気持ちがざわついて仕方がなかった。
だからこれは、私の精神を安定させるために必要なことなのだ。彼女が愛しくて抱きしめているとかそういうのではない。断じてない。
こうして私は心を落ち着けたけれども、彼女はそうではないようだ。
抵抗するのは諦めたようだが、私の腕の中で震えながら静かに泣いている。
いつもだったら、私にひっついている間はニコニコ微笑んでいたのに、今日は悲壮な様子のまま、目も合わせてくれないのだ。
「ステファニー、私が悪かった」
「……」
「その、許してくれ。君がこんなふうに泣くなんて思わなかったんだ」
「……」
「なぁ、ステフ。いつもみたいに笑っていてくれよ」
「無理ですわ」
「え?」
「いくらわたくしが全面的に悪いとはいえ、マイケル卿は残酷です」
彼女が涙に濡れた瞳でキッとこちらを睨みつけてきて、私は目を丸くする。
「わたくしだって、人間です。失恋してすぐ立ち直るなんて無理ですわ」
「……え?」
失恋?
誰が、誰に?
「だから、わたくし失恋しましたのよ。10年以上好きだった方に、今後愛することはないと振られたのです」
ステファニーはそんなことを言われて振られたのか。
そういえば、昨日私も彼女に同じことを言った。
つまり、彼女は私に振られたのか。
どういうことだ。
同じようなことを毎日言っても、彼女は私に振られていなかったのに、昨日の夜は、私に振られたのか?
「しかもわたくし、その方に好かれていると勘違いして、10年以上かけてその方の心を折って、わたくしとの結婚まで追い込んでしまったんです。……心の整理がつくまで、放っておいてくださいませ」
そう言って、はらはらと涙をこぼす彼女に、私は唖然としたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます