第4話 妻が顔も声も出さなかった



「ステファニー。入るぞ!」



 廊下の侍女達を追い払い、私はそう言って彼女の部屋のドアノブに手をかける。


 しかし、開かなかった。

 どうやら鍵をかけているらしい。


「おい、ステフ。ドアを開けろよ」


 いつもの調子で、私は彼女に話しかける。


 すると、ドアの表面に、紫色に光る魔力で文字が描かれ始めた。


『申し訳ございません。扉を開けることはできません』


 なんだ、なんなんだ。

 会話のために声すら出さない気なのか?


「ステフ、言っとくけどな、鏡文字で読めないからな!」


 ガタガタ、と部屋の中から音がしたと思うと、今度は私から見て正しい向きの文字で、『申し訳ございません。扉を開けることはできません』と書かれた。

 器用なことだな!?


「いいからここを開けろ。……昨日のは、その……私が悪かったよ」

『いいえ、わたくしが全て悪いのです』

「お前が悪い女なのはいつものこと……じゃなかった。もういいから、全部水に流して顔を見せてくれ」

『わたくしの顔を見せるなど、お目汚しできません』

「10年以上付きまとっておいて何言ってるんだ。今更だろう」


 なんというか、朝からステファニーの顔を見ないなんて変な感じなのだ。


 私達は結婚前の3年間、セイントルキア学園という3年制の学校に通っていたが、彼女は毎朝、私と一緒に通学するのだと朝ご飯の時間から押しかけてきていた。

 なんなら、私を毎日起こしているのは彼女だった。

 寝ている私に悪戯するので、非常に嫌な来訪者だったが、もはや私にとって、彼女の顔を見ない方が非日常なのだ。

 だから、朝から彼女の顔を見ないのは、どうにも困る。別に決して、私が彼女に会いたい訳ではない。けれども、普段あるものがないとむずむずするというか、そういうやつなのだ。


 私が心の中で理屈の整理をしていると、ステファニーからの返事がきた。


『10年以上も付きまとってしまい、大変申し訳ありませんでした』


 違う、そうじゃない。

 全く、一体なんなんだ。

 いつもだったら、「ツンデレも可愛いですわ、ミッチー!」とか言いながら抱きついてくる場面じゃないか。


 何度も言うが、別に私はステファニーのことなどなんとも思っていない。全くもってなんとも思ってはいないが、今日は結婚休暇の初日だし、急な予定や行き先はない訳だし、いつもどおり抱きついてくる分にはまあ許してやってもいいかと思っていたんだ。


 それなのに、なんでお前は、扉越しに出てくる気配がないんだ!



 私はポケットからある指輪を取り出すと右手の中指に装着し、その右手でドアノブに手をかける。


 そしてそのまま、ガチャリとドアを開けた。


 この指輪は、一度だけ使える消費型の鍵開け用の魔道具で、私の弟が寄越したものだ。

 私の3番目の弟は、物作りが好きで、変な魔道具の試作品を作っては家族に使った感想を教えろと分け与えてくるのだ。

 「兄さん、悪用しないでくださいよ。鍵の紛失時に使うためのものです」とのことだったが、悪用はしていない。

 何しろ、私の邸宅の中の扉の鍵を開けただけだからな。

 うん、悪いことはしていないな。


「ステファニー」

「!?」


 急に会いた扉、現れた私に、扉に背を向けるようにして立っていたステファニーはびくりと肩を震わせる。

 どうやら、扉の文字を鏡文字にしないよう、背を向けて調整していたらしい。本当に、器用なことだな!?


 私は彼女に逃げる暇を与えないよう、左手を掴んでこちらを向かせる。



 すると、目をパンパンに腫らして、それでもなお美しい妻の姿が目に入った。


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