初夜

第2話  急に妻の様子が変わった初夜



 私はマイケル=マクマホン。侯爵家の長男で、次期侯爵だ。


 私は今日、長年の婚約者であったステファニー=スマイル侯爵令嬢と結婚した。


 私は彼女のことが苦手だった。

 常に私を付け回し、私にありとあらゆる手で嫌がらせをしてくる彼女のことが、本当に苦手だった。


 何より、私が彼女に関する愚痴を言うと、周りが「またまた〜」「惚気ちゃって」と相手にしてくれないのが本当に嫌だった。


 結局、私がずっと嫌がっていたにも関わらず、婚姻はなされてしまったのだ。


「ミッチー! 花嫁衣装のわたくしですわよ!」


 ドヤ顔で喜んでいる彼女は、……割と、いや、その、綺麗だったことは否めない。


 純白のそのドレスは、意匠を決めるのに四時間もかかった逸品だ。あれでもないこれでもないと悩む彼女に、選び終わった頃には私もデザイナーもくたくただった。


 そこまで時間をかけただけあってか、そのドレスは彼女の魅力を最大限に引き出していた。

 ミルクのような白い肌、艶めく唇、そしてその初々しい雰囲気は、天使が舞い降りたかと錯覚するほどだった。

 ……彼女が喋らなければ、だけどな!


「ミッチー、わたくし綺麗かしら!?」

「その呼び名をやめろ!」

「いいから、ミッチー!」

「分かったよ、綺麗だ! これでいいのか!」


 適当に叫んだだけだったけれど、彼女はいつもと違ってポカンとした後、泣きそうな顔で微笑んでいた。

 ……確かに、あの顔は正直、その……可愛かったのは、否定しない。


 けれども結局その後、彼女は生来の傲慢な調子を取り戻し、夜には狼のように私を襲ってきた。


「愛してるわ、ミッチー!」

「やめろ、暑苦しい。ちょっ、押し倒すな!」

「ミッチー。そろそろ素直になって、わたくしのこと愛してるって言っていいのよ?」


 ガウンを脱ぎ、私を押し倒しながら見下ろしてくる彼女は、女神のようだった。


 サラサラの金髪は絹糸のようで、その琥珀色の瞳にゆらりと見つめられて、私は体が熱くなるのを感じる。


 いや、ちがう。

 そんな、私は別に、ステフのことなんてなんとも思っていない。

 こんな暴君にときめいていないし、恋だってしていない。

 この結婚は元々、政略的なものだしな!



「だから、前から言ってるだろうが! 私はお前を愛することはない。私に愛を期待しても無駄だ!」



 私は自分の中の乱れた気持ちを落ち着けるべく、いつもどおりの憎まれ口をたたく。


 その後しばらくは、ステファニーもいつもどおりの調子だった。



 けれども、しばらくすると、急にステファニーが泣き出してしまったのだ。



 私は慌てた。


 私はそういえば、彼女が泣く姿なんて、一度も見たことがない。

 なんだ、どうしたっていうんだ?

 このくらいの憎まれ口なら毎日のようにたたいているじゃないか。

 正直、何故彼女が急に泣き出したのか、全く理由が思い当たらない。



「……ごめんなさい。わたくし、色々と思い違いをしていたようです。旦那様の――マイケル卿のおっしゃること、承知いたしました」



 急にしおらしくなってどうしたんだ。

 思い違い? マイケル卿?


 彼女は謝罪をまくし立てると、なんだか悲壮感溢れる顔で、そのまま自室に戻って行ってしまった。


 離婚? 白い結婚? 愛人?



「……なんでまた、今更」



 あれだけ婚約中に、「君が嫌いだ」「普通の恋がしてみたい」「私に悪戯をするな」と伝えても、全く意に介さなかったのに。

 先程の彼女は、今までの彼女と同一人物とは思えないような態度だった。


 ようやく伝わったか、と思う気持ち。

 どうして、と思う気持ち。


 二つの気持ちがぐるぐる渦巻いて、私は混乱してしまう。


 これもまた、彼女の罠の一環なのだろうか。


 今までも彼女はよく、泣きまねをしたりして、私を引っ掛けたりすることがあった。

 だから、私は彼女に弄ばれないよう、常に彼女に警戒して生きているのだ。



 つまり、だからそう。

 この日の私は彼女を警戒して、彼女を追いかけなかったのだ。



 ……とはいえ結局、彼女が気になって一睡もできなかった私は、彼女に骨の髄まで飼い慣らされているのだと思う。


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