五国大陸の調停人

海ノ陽

第1話 王達は外国語を知らない

 とある世界のとある大陸に、誰が覇権を獲ってもおかしくはないと目される五王がいた。


 龍王国グルンゴル、次元斬エクスパーダ

 獣王国ウォモフ、強き王ライサ

 鉱王国ポップドグ、深き智慧のポポガド

 霊王国シドリム、不変の正義エル・シドリム

 海王国ホウライ、豊かなるユラ


 種族が違うためによほどのことがない限りは互いに不干渉を貫き、それぞれが独自の文化を育んできたが、この才覚凄まじき五王が揃ってしまった今代ではついに他種を『自種の発展のための壁』と見做さねばならなくなった。


 五国の中央にある暗黙の緩衝地域とされていた世界樹の広場。誰かが呼び掛けたわけでもないのに全く同時に集合した五王の軍。せめてもの礼儀ということか王たち自らによる宣戦布告を兼ねた話し合いがなされようとしたその時、事件が起こった。


「グルッグ ガガルゴ グゴルギャ!(我らの力、見るがよいぞ!)」

「ウォフ!フルンモッフ、ウォールア ライサ!!(聞け!我こそが、強き王ライサである!!)」

「ポロドプ プルルププリパ ピュルーリバ パッパリ ガガゲド(僕に君たちの国も任せるといい、悪いようにはしないよ)」

「☆♪ 凸(゚Д゚#) 〇↑℃√!(悲しいが示さねばならない。正義とは何かを!)」

「なーちゃいんぐるいなすーたら、あーはにぃちゃーてもえーだばど?(相応の価値を提示してくれたら、別に退いてあげてもいいわよ?)」


「「「「「?????」」」」」


 そう、強く聡明なる五国の王は、誰一人として他国の言葉がわからなかったのである!


 ヤバい、とすぐさま悟った王たちはアイコンタクトと身振り手振りで一時中断を決定。強く聡明である王たちはとても理解力と決断力に優れていたため、言葉は通じずとも心で理解することができた。


 王たちは速やかに行軍中の人員の中で他国の言葉がわかる者はいないか調べた。しかしほんのつい最近まで国交の欠片もないほどの徹底した不干渉だったこともあって翻訳ができるような者は存在しない。


 国境近くに住む者たちですら他国の者と出会うことはほとんどなかったのだ。国としてなんとなくは調べていても、他国の文化を十分理解できるには程遠い。


 五王は焦った。ここまで軍を引き連れてきてしまったからにはじゃあそれではと何事もなく帰るなんてことは不可能だ。そもそも自分たちは宣戦布告、最低でも何かしらの条約を結ぼうとしに来たのに、言葉も文字も分からないのでは何もできない。


 なんでそんなことにも気が付かなかったのか。それはもはや永遠の闇の中ではあるが事ここに至ってそれに頭を抱えている暇はない。強いて言えば長年の不干渉で知らないことが生まれる前からの常識になってしまっていたくらいか。


 うやむやにして帰ろうにも条約締結などの決定的な証拠もなく撤退すれば後ろから刺されて当然だし、自分なら刺す。それが五王である。


 逆に開き直って全面戦争しようにも、もしこの中に一国でも友好を示しに来た国があったら?そうなった場合、理由も聞かず寄ってたかって潰した悪鬼外道どもとされ永遠にその国の民に恨まれ脅かされることになるだろう。


 大義名分やしっかりとした宣戦布告など無しにどのような手段を使ってもよしと言うには、各国は大きく成長しすぎたのだ。


 至高の剣士であるエクスパーダは困った。今まで分かり合えぬ相手は斬ってきたが、今回は分かり合えていないのかどうかすら分からない。


 自分こそが最強の戦士だと自負するライサは焦った。思う存分戦おうと思っていたのに、相手に戦いの意思があるかどうかも知ることができないなんて。


 知者として名高いポポガドは泣いた。他国の言語についての研究も怠るなんて、もう深き智慧などと呼ばれる資格はないと。


 正義の体現者と称されるエル・シドリムは羞恥に悶えた。正義を名乗るくせに、相手の気持ちを知ろうとすら考えなかった自分を消し去りたくてたまらなかった。


 女王にして根っからの商売人でもあるユラは愕然とした。辺境の村同士の物々交換や一方的な略奪でもあるまいし、言葉が通じないなんてどう交渉すればいいのか。


(神よ……今願いが叶うなら、どうか各国の言語に通じた調停人を遣わせたまえ……!!)


 そんな五王の切なる願いが届いたのか、世界樹が優しく、しかしどこか呆れたような雰囲気を漂わせながらまばゆく光った。


 時間にして数秒。世界樹の広場に集まった数万の軍勢すべての視界を奪った光がおさまった後、それぞれの軍がにらみ合う中心に一つの影が残されていた。


 姿かたちは獣王国の民に似ているが体毛が頭部以外にほとんどない。鱗も尾もなく金属でもなければ透けているわけでもない体。陸上で生きていくには貧弱すぎる細長い手足だが、エラやヒレがあるわけでもない。


 誰も見たことがない生き物。だが、それがゆえにこの生き物が先ほどの光によって、ひいては神によって呼び出された何者かであることが自然と誰もが理解できたことは幸いだった。


 しばらく目をしばしばさせたり、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえていたその生き物はやがてスッと立ち上がった。


「すいません、派手に登場させるからみんな分かってくれるって神様が言ってたんでそれを信じてみますけど……五人いる王様って誰ですか?」


 何と流暢に言葉を話すのか。そう思った王たちは思わず歩み出た。


 五人、同時に。


 !!!!!


「ああ、やっぱりそれぞれの言葉に聞こえてるんですね。まあその辺りは切り替えることができると言われてますんで今はお気になさらず。どうも、あなた方が望んだ存在、全部の言葉がわかる者です」


 肉体派であるエクスパーダやライサが触れるだけで折れそうな体だというのに、全く動じた様子もない。目が若干濁って見えるが物腰は丁寧で、なのにどこか言いようのない圧がある。


 それが神に呼ばれた者に特有の気配なのかはわからないが、五王は初めて他者に気圧されるという感覚を味わった。


 いや、初めてではない。五王は思い出した。そうだ、これは……幼いころに両親や教育係が発していたお説教前の気配……!!


「私の名前はコウイチです。それではまず、あなた方がどれだけアホなのかのお勉強から始めましょうね。ああ、リラックスした姿勢でいいですよ。メチャクチャ長くなりますからねぇ……!」


 ―――兵士たちを先に解散させてあげてもいいですか?


 それが王たちが王としての立場で発言できた最後の言葉であった。





 かくして、五種族の王は歴史に残るほど激烈に叱られた。しこたま怒られた。それはもう夢に出そうなくらい叱責された。


 一、国家間の問題においては何をおいても相互理解をはじめに行うべし。

 二、いかに理解を深め、互いにできる最大の譲歩を出し合ったとしてもなお交渉が決裂した場合に行う最終手段が戦争である。

 三、ただし国辱や条約違反を行った相手には心からの反省の意を示すまで譲歩する必要はない。


 以上の三項を基本として徹底的に、骨の髄まで戦争の前にやるべきことを叩き込まれた。


 もう王のプライドもなにもあったものではなく、全員正座させられ(足のない霊王エル・シドリムは浮くことを禁止され)てのお説教に泣きそうになった。実際に直情型の獣王ライサは泣いた。あまりのガチ泣きに他の王の涙が引っ込んだくらいだ。


 コウイチは神の使いではあるが慈悲とかはないらしい。何もない空間から大きな黒い板を出して小さく白い炭のようなもので図や絵を描いて説教の補助としているが、丁寧な絵に反して王たちを見る目が大変恐ろしく鉱王ポポガドなどは俯いてコウイチの目を直視できないでいた。


 折に触れて王たちに問いを投げかけ、答えられなかったり不適格な答えを述べたものには白炭が投げつけられた。ほんの小枝にも満たないその白炭が龍王エクスパーダの体をのけ反らせ白目をむかせるほどの威力を持っているのは神の加護によるものか。


「いいですか、通常では知らないことは罪ではありません。誰だって最初から何でも知っているわけではありませんからね。ですがあなたたちは王です。国家を率い、民の命運を握る者です。その王たちが民の命を失わせる最低の手段である戦争の前にやるべきことを知っていないというのは罪です。その罪がちょっとした体罰で見逃されるうちにしっかりと頭に刻み込みなさい」


 一瞬とはいえ龍王が気を失うほどの一撃がちょっとした体罰……?


 海王ユラは自分が当たったら死ぬなと遠い目になった。万が一の場合に備えて国を出る前に後継者を指名してきていてよかったなぁ、などと乾いた笑いすら出てきた。


「とはいえ、ここでずっと私がしゃべり続けるにも無理があります。ひとまず今回のあなたたちの行動については私が預かりますので、これを見てください」


 コウイチが取り出したのは一枚の丈夫な紙。それに五種類の言語で書かれている文章を読み上げる。


『龍王国グルンゴル、獣王国ウォモフ、鉱王国ポップドグ、霊王国シドリム、海王国ホウライ、以上五カ国は相互理解を求め以下のことに同意する』


 一、神使コウイチのもとで交流し各国の文化を学ぶ意思のある者を最低一名、最大四名まで一年以内に世界樹に送ること。

 二、一とは別に王に縁のある者を最低一名世界樹に送ること。

 三、最低でも一年に一度は五ヶ国の代表による会議を世界樹にてコウイチの前で行うこと。

 四、世界樹の周囲五キロを不干渉地域とし、同地域に住まうものに軍事的および政治的干渉を行わないこと。


「これを今回の考えなしな行動の結果と認め、各々署名をしてください。そういう文化がない方のために言っておきますが、署名というのは自らの名を偽ることなく記しその名に懸けて書面の約束を履行する誓いだと認識してくださいね。要するにここに名前を書いて約束を守らなかったら何をされても文句は言えないということです」


 ライサは震えた。いまだかつてここまで自分の名前を書くのに緊張することがあっただろうか。そもそも獣王国は文字こそあれど一般まで広まっておらず、国の運営に関わる者や各部族の長に近い者、商人などが使っているくらいだ。ゆえに文字にそこまでの重みがあるという実感がなかった。


 実感のある者はある者で震えていた。違えれば神の眷属であるコウイチがシメに来るし、よしんばそうでなかったとしても他の国から集中攻撃されるだろう。コウイチが今回ブチ切れているのは『お互いのことが曖昧なまま戦争しようとしていたから』であり、戦うこと自体を否定しているわけではないのだ。


 つまり戦争に足る理由があるならコウイチは止めない。そして条約破りはその理由には十二分である。


「皆さんやっぱり王だけあって頭はいいんですから、もっとしっかりなさってください。それと王に縁のある者についてですが、ぶっちゃけ人質ですね。神は世界樹のすぐ近くで戦争をおっぱじめようとしたことに大変ご立腹ですので、二と四はそのための処置です。異文化交流しながらあなたたちがやらかしたことに対する謝罪の祈りでも捧げてもらいますよ」


 いいですね、とコウイチが全く親しみを感じさせない見事なまでに威圧的な笑みを見せたところで王たちは署名した。コウイチだけでなく神も激怒しているとなれば従うしかなかった。直接的な天罰が下るよりは数段マシだ。


 全員の署名がなされたところで、コウイチは他の紙を五枚取り出してその表面を撫でた。すると撫でられた紙の表面には契約文と署名が浮かび上がり、全く同じ複製が出来あがる。


「全員が同じ物を持っているから意味があるのです。もちろん私の署名も入ってますよ。ですので、後から偽造だなんだといちゃもんつけてきたらどうなるか……わかりますね?」


 コイツは脅し以外の理由で笑うことができないのか。間違っても口に出さない思いを心に秘めたまま、王たちは揃って了承の意を示すのであった。

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