第2話:B:Cシステム

第三次世界大戦が始まったのは私が小学3年生の頃だった。その前から各国の関係性は冷え切っており、あくまで開戦と銘打っただけの儀式的なものに思えた。しかし攻撃の強大さは開戦後と前では大きく異なった。それまでの何十年も前のやり方を繰り返しているような戦況から一転、先進国は自国の持つ最大限の技術力を持って戦いを始めた。それまで何年も続いた小競り合いは、開戦後、3日で幕を閉じた。


甚大な被害は自然や建物だけではなかった。寧ろ一番深刻なのは生き残った人間の精神だった。実際に戦場にいた者は勿論、戦場からずっと遠くにいる一般人も、心に癒えない傷を負った。

PTSD患者が爆発的に増え、鬱の死者も戦死者に追いつくのではないかと言わらていたようだ。小学生だった自分にはそこまでの記憶はないが、先生がまともに学校に来る日は珍しかったように思う。


そんな世界中が陰鬱としたいた時、アメリカの巨大IT企業が、打開策としてあるシステムを公開した。

それが「B:Cシステム」、通常BC。

まず彼らが提唱したのは人類の更なる進化への可能性だった。人間は脳内で自分か意識している何百倍も多くの無駄な思考を常に持っている。それらが身体への信号を送る邪魔になっているというのだ。シンプルに、脳から脊髄に、一つの事だけを伝えられたとするならば、人は今より遥かに高い身体的能力を発揮できるらしい。では、それは意識して行うことが可能なのだろうか? 答えはNOだ。人間は無意識に沢山の情報を取り込み考える静物だ。それは生物学的に長いスパンをかけて進化を期待するしかないだろう。しかし、科学的方法を用いて、脳を他人に預けられたら?無意識の中で一つの目的の為にうごけたなら? 人類はまた1つおおきな力を手に入れらる。


また、無意識で動ける最大の利点は、戦後処理の過酷な労働を精神的苦痛なしで行える事だ。無残な事態の処理も、やりたくもない殺戮も、知らないうちに遂行できる。これは戦後の残虐な世界において、1つの希望になった。


一方、無意識な人間を動かす人間もまた必要である。AIで行えるものも少なくないが、人の意思で遂行すべき事も多い。それらを行うのがBCシステムのCにあたる、commanderだ。自分の手は汚さない。安全な場所で、的確な指示をだす。精神の強い人間が働くには適した環境といえる。


つまり、2人で1つ、足りない部分を補って、単純に2人が労働するよりも遥かに効率的で精神衛生上安定している労働システムであると開発者は声高に宣言した。


それから6年、多くの人権団体や宗教団体に反対されながらもこのシステムは先進国において最早なくてはならないものとなっている。


10人が10人、これを素晴らしいシステムとは思わないだろう。わたしもその1人だ。しかしじゃあこれ以上の代案があるのかと問われれば、私には無い。


ただ、私が唯一友達と呼べる幼馴染が、自分の意識のないまま、過酷な労働をし、知らぬまま死んでいくと思ったら…


今、この瞬間、全ての世界が消えてしまえばいい。


そう思った。

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