61:ぐぅの音
それは天を裂く――咆哮。
ビリビリと大気が振動して肌が泡立つ。
紅龍様が怒りに吠えて、私を狂おしいほどに睨んできたのだ。
そしてぎゅんと空中を泳ぐように私の目の前に急接近し――私の頭一つ分くらいの瞳が、燃え滾るほどの熱量で怒りの感情を露わに敵意を向けてくる。
――なんて綺麗な金色の瞳。シュサクさまと同じね。
すぐに理解できた。
「ひいいい!」
真後ろからライオネルおじさまの情けない声。そのまた後方から、各々の絶望に打ちひしがれる悲鳴がした。
「う、うああ! お終いだ……龍に食われる……!」
「助けてくれェ! 俺は何もしていない! ただこいつに雇われてついてきただけだ!」
「ウホ! ウホ!」
「お、おのれ貴様らぁ……! ライオネル! 殺せぇ! 殺すのだ! 人類初の名誉である龍殺しとなれェ! それしか生きる道はないぞ!」
リュカさまに至っては本当に無茶をおっしゃる。第一、剣もないのよ。ライオネルおじさまにはもう荷が重すぎるわ。
それに紅龍様は別に……。
そっと手を伸ばす。
紅龍様のご尊顔に、失礼ながら手を当てた。
「なっ!? バカやめろ! 本当に殺されちまうぜ!?」
焦った声を荒げるのはシュサクさま。
目で追えない程のスピードで私を捕らえて、すぐに紅龍様と引き離す。
ぐえっ。あまりの速さで体を乱暴に動かされたせいで……首がむちうちになっちゃったじゃない!
「ちょっと何すんのよバカ!」
「ぶわっぷ!」
ムカついたので魔法でぴゅーっと彼の顔面水鉄砲を食らわせてやったわ。
びっくりして顔をごしごしとぬぐい、それから……私をもう一睨み。
……それから呆れたように……なによ、人の顔を見ながらため息なんて、失礼しちゃうわ。
「勘弁してくれ……。お前と一緒にいると、調子が狂う」
「何言ってんのよ。狂ってたのは今までのあなただわ。そうじゃないというなら、私を娶ったら常に狂い続けることになるわよ?」
きょとんと目を丸くするシュサクさま。
というか、いつまで抱いてるのよ、放しなさいっ!
ドンと胸を押して引き離す……つもりだったが、なにぶんこの方、龍の鱗に覆われてとても頑強なんですもの。ビクともしないわ。
「ちょっと、放しなさいよ」
「俺だって……別に狂いたくもないさ。でもこれは、俺がやらなきゃならないんだよ。俺にしかできないんだ」
私の言葉を無視して、シュサクさまはぽつりと言った。
いまだ私をじっと見つめて、ぎゅっと口を閉ざす。あたかも泣き出しそうになるのを堪えるように。
あたかも助けを求めるように。
……ほんっとぉにっ!
しょうがないわねッッ!
「シュサクさま、ねえ。あなた、一体ナニサマのつもりでそのような大層な事を口にしているのかしら?」
「な、なに?」
侮蔑の視線を彼に向けて覚めた言葉を言い放つ。
とたんに彼は、まさか非難されるとは思ってもみなかったというように戸惑って見せた。
「ではお聞きしますが、シュサクさまご自身と現紅龍国の王であるエンテ様、どちらの方が頭がよろしいとお思いですか?」
「まあそりゃあ……エンテだな。俺は勉学はサボってばっかだった」
「そうでしょう? よく分かってらっしゃるじゃないですか」
「他人に言われると腹立つなぁ……」
「いいじゃない。こんな重要な事を再確認できたんだもの。……要は、あなたが、もしエンテ様と同じような方法で国を取り戻したとして、それがエンテ様の二の舞にならない自信はどこから出てくるのかって話なのよ」
「なっ……!? 俺がエンテと同じように戦争をおっぱじめるって言いたいのか!?」
一気に感情を爆発させてシュサクさまは私の耳元で怒鳴る。
それに呼応して、また紅龍様も天を仰いで高らかに吠えた。
紅龍様の吐く一本の炎柱が空高く昇った……。
み、耳がキーンってするわ……!
「そ、そういう血の気が多い姿を見せられたら、『まあ少し
シュサクさまの口から「ぐぅ」の音を聞いた。
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