60:二人の決意
私の返事を待たずして、シュサクさまは、この戦いを終わらせるために敵を振り返る。
「さあ、待たせたな。ライオネル殿……お前の死をもって、俺の決意をより強固なものにしよう。……だからどうか、できるだけ無様に死ね」
「や、やめろ……くるな! リ、リュカ坊! 終了を宣言するのだ! は、早くっ!」
剣の折れたライオネルの悲痛な叫びに、リュカさまは冷や汗をかきながら、唸るだけだった。
包帯まみれの全身をわなわなと震わせている。
「う、ぐぐ……ライオネル……!」
ぐっと目をつむり、そして歯を食いしばって、リュカさまは告げた。
「なにを抜かしておるこの恥晒しめがッ! 貴様も武人ならば、最後まで抗ってみせよ! できなくば潔く死ね!」
「ぐぐぅ! リュカ坊ぉお……っ!」
みるみる憔悴していくライオネルおじさまに……紅龍は、グルルルと喉を鳴らして牙を剥き出しにするのだった。
シュサクさまが鱗を撫でて制する。
「本当に気性が荒いやつだ。感情が伝わってくるよ。……いいぜ、奴らを全員、消し炭にしてやろうぜ」
「なっ……!? シュサクさま、それはもはや決闘ではありませんわ!」
突然の皆殺し宣言に思わず口を挟むと……二匹の紅く猛る龍がこちらを睨んだ。
大小二対の金色の瞳がこちらに向けられる。
どちらも眉間に皴を寄せて、邪魔をするなとでも言いたそうに、黙って私を威圧していた。
――怖くはなかった。
むしろ、なんであんな表情ができるのかと不思議だった。
だって弟の謀反で国を追われて、また国を取り戻すために戦う決意をして、だからあれほど痛い思いをして死にそうになって、決闘に勝って、これから無抵抗の相手を無慈悲に殺しますと宣言もしておいて……なにその表情≪ツラ≫?
――どこからどう見ても、駄々をこねる悪ガキじゃない。
なんだか、突然面白くなって、プっと笑ってしまった。
「……は?」
「うふふっ、ごめんなさい。シュサクさま。……今のあなたのほうが、よっぽど『ぽい』と思ってしまって……」
「……はあ?」
今日のシュサクさま明らかにおかしかった。冷静さを欠いていたというか、変に気負っていたというか。
気持ちはわかる……なんて言いませんけど、あまりにも重大な決断をして、浮足立ってしまっていたのかしらね。
そんな決意に水を差されて、拗ねて睨んで……。
ああ、まるでここの悪ガキ共と一緒じゃない。
あんなに紅い鱗で覆われて、人間離れした所業を見せつけて、龍なんて従え出したくせに、なんて人間臭い方なのかしら。
私も決めたわ。
――彼をこのまま、人間のまま、この決闘を終わらせやる。
彼に人殺しなんてさせてなるものですか!
だって今の紅龍国の王様だって……エンテさまだって、本来ならば聡明な方で人の為に尽くすこともできる素晴らしいお方だったはずでしょう?
それが、自らのお父様を殺してその座を奪い取って、今では戦争をおっぱじめようって話なのでしょう?
人を殺すことを手段の一つとしてしまったら、どんなに頭が良くても……いいえ、もしかしたら頭が良すぎるほどに、最終的にそればかりを選ぶようになってしまうんだわ。
まったく、シュサクさまがカントのような単細胞だったならよかったのに。
そしたら私まで……今こんな危険な行動に移す必要もなかったんだわ。
もし死んじゃったら……一生恨んでやるんだから。
「おい、カリン……何をしている? そこをどけ!」
「なぜですの? もう決闘は終わりましたわ。私がどこへいようと自由でしょう。だってここ、私の家なんですもの」
私はライオネルおじさまの傍らに立ち、そしてシュサクさまへと向いた。
私がここにいれば、どうやったってシュサクさまはおじさまに攻撃することができない。……私の身を案じているのであれば、ですけど。
……プロポーズしたお相手を殺すなんて、しないわよね?
シュサクさまはもちろんそうでしょうけど、ね。
……紅龍様がね。単体だけを見るとちょっと、怖いわよね。
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