57:燕の抵抗

「ならば! 死ぬまで殺すまでのことッッ!!!」


 わなわなと震えてライオネルおじさまがいななく。己の命をその剣に預けてきた自負が、おじさまを駆り立てたのか。

 確かにオージンさまの隠し玉がこの程度ならば……依然としてライオネルおじさまの有利は揺るがない。おじさまの剣術ならば、オージンさまの回復力を上回る威力でもって、致命の一撃を繰り出すことが可能だろう。


 だけど当然……オージンさまの策が、その程度のはずない。

 おじさまはこの時点で、降参するべきだったのだ。


「ぜやあああッッ!」


 剣を振る。横薙ぎの一閃っ! これまでで一番速い。おじさまはまだ底を見せていなかったのね……!


 オージンさまの口が動く。同時にライオネルおじさまの剣に合わせるように、無造作に己の剣を払う。


 ――おじさまの剣がとてつもない軌道を描く――。


「無駄だだだっ!?」


 余裕ぶっていたオージンさまの脳天を強襲した。

 ぷしゅうっ……と鮮血が噴水のように溢れ、しかし瞬く間に治まった。

 痛がる素振りをみれば、オージンさまはあの攻撃をも耐え抜いて、生きてらっしゃるみたいね……。


 オ、オージンさま……冷や冷やさせないでくださいまし!?


 しかしライオネルおじさまのなんと洗練された剣技! 敵ながらその技量には美しさすら感じ取れますわね……っ!


「我が飛燕は縦横無尽ッッ! 未熟な龍のあぎとに捉えられるほど落ちぶれてはおらんわァ!」


「……この野郎。言わせておけば、図に乗りやがって。ツバメのくちばしがどれほど龍に食い込むか試してみるか?」


「ほざけッッ! 『龍の加護』とやらで、傷と共に記憶も消し飛ぶのか貴様はッ!」


「さっきまでのはノーカンに決まってんだろ! おら、来いよ。お前の攻撃はすべて、受け切ってやる!」


「……いいだろうッッ!」


 ギリッと歯を食いしばり憤るライオネルおじさま。その卓越した剣の腕を侮辱されて、なまじこれまで受け切られてしまっているため、怒り心頭といった様子ね。


 そして激昴に狭まった視界は、もはやオージンさま以外の存在を認知出来ないくらいにまで陥り……。いや、対峙するオージンさまの変化にすら気付けないほど、彼は思った以上に切羽詰まっていたようだ。


 だって、でなければ思いとどまるはずですもの……。


「イヤアアアッ! 『飛燕抜刀・来巣』!」


 私はその一連の動作を、目で追う事すらできなかった。

 ただ状況だけで判断するならば、おじさまは剣を鞘にしまい、その状態から剣を抜くと同時に攻撃を加え……更にまた鞘へ戻すタイミングでも今一度斬りつけたのだ。

 そんな動作を経るまでの間には、カチンと刀身を鞘にしまいきる音だけがあたりにひびき……。


 結果として、オージンさまは無傷だった。


「な、なにぃーっ!?」


 ライオネルおじさまは狼狽しているが……でもこれは正直、オージンさまの変化を見れば容易く想像出来た結果だ。


 なぜなら――彼のその肉体は、紅く煌めく龍鱗で覆われていたのだ。


「お伽噺で聞かなかったか? 龍の鱗は鋼よりもはるかに頑強だ。悪いな。燕のくちばし……へし折れちまったぜ」


 パキンとその刀身を半ばで真っ二つに、ライオネルさまの剣は、先から半分が地面に突き刺さっていた。




 ――オージンさま、強いっ!

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