56:龍
「よいか貴様ら! この勝負が終わってなお立っていられる者は一人! さあ存分に――」
「オージン!」
リュカさまが開始の合図を今まさに出そうというところで、バトラーおじさまの声が響く。
気合いでも入れていただけるのかと思えば、どうやらうでもないようで。
振り返るオージンさまは清々しい顔をして見せた。
バトラーおじさまはその顔に何かを悟ったようで、短く問う。
オージンさまも似たように、短く答える。
「死ぬ気か」
「なわけないだろ」
「勝てんぞ」
「いや。勝つさ」
「……そうか。決意、したのだな」
信頼し合う両者にしか通じない話の文脈は、それでも、オージンさまには何か背負うものがあり、この勝負を左右する秘策があることをなんとなく予想させた。
それは、当然敵方のライオネルおじさまも感じ取ったはず。油断ひとつないという意志がその鋭い眼光に現れている。
鬼気迫る迫力のまま、オージンさまに言葉をなげかけていた。
「別れの挨拶は済んだか?」
「まあ、そうだな。ある意味、しっかりと決別は済ませられた。なんならそっちもどうだ? 待っててやるからよ」
「悪いが……死ぬつもりは無いっ! ゆくぞ! リュカ殿! 早く合図をッッ!」
せっかく空気を読んでオージンさまとバトラーおじさまのやり取りを静観していたリュカさまだけど、なぜかライオネルおじさまに怒鳴られて、納得の行かない表情をするのだった。
「ぐぬぬ……ええい! 始めいっ!!」
合図と共にライオネルおじさまが速攻を仕掛ける。私の時より……ずっと速いっ! 手加減しないと言っておきながら、先程は全然本気ではなかったのね!
オージンさまがどんな手を隠していようと、現状ではライオネルおじさまの方が強いのは事実。
だからオージンさまがその手の内を明かす前に、明かす暇もないほどの圧倒的な怒涛の攻めでもって倒してしまえばいいのだ。
だけどオージンさまも食らいつく。
おじさまの剣を躱し、受け流し、打ち合い……ああっ、だけどやっぱり、捉えきれない攻撃は受け切れずにその身に傷を残していく。
「ハァ!」
おじさまの渾身の上段斬り。
受けようと剣を盾にして構えるオージンさまの――空いた胴を、横一線に斬り裂いた――!?
「これぞ奥義『飛燕十文字斬り』! 冥土の土産に持ってゆけ!」
「うぐっ……!」
あの凄まじい上段斬りがフェイント!?
本命は目にも止まらぬ切り返しッッ! って、これを初見で看破できる人なんていますの!?
膝をついて……がくりと項垂れるオージンさま。ああ、血が……っ! 足元に水たまりができるほど……!
いてもたってもいられずに、咄嗟にその名を呼ぶ……!
「オージンさまッ!!」
「え、なに?」
彼は平然と、顔をこちらに向けて返事をするのだった。
――え?
だってあなた今……お腹を深々と……!?
あれほど血を流したら、『
なんでそんな何事も無かったように返事ができるのよ!
驚きの声は別方向からも聞こえた。
確かな手応えをその手にかけたはずのライオネルおじさま。
「ば……バカな……っ!!」
そうよね。ただでさえ致命傷なのに、あの出血量で呑気に会話ができるはずない。
まさか、これがオージンさまの秘策? だけど、どうやって……。
「さてと」
事も無げにひょいと立ち上がるオージンさま。
お腹の傷跡は……既に血は止まり、肉が盛り上がって塞がっているのが見えた。
それだけじゃない。
そういえばライオネルおじさまに受けたはずの数々の傷さえ、今では衣類の切れ目だけで、その肉体には痕跡すらもはや残ってはいなかった。
彼の肉体に……何が起きているの……!?
「びっくりするだろ。これはな……『龍の加護』ってやつだ。特に俺の龍は、馬鹿みたいに回復能力が高いらしいそしてとりわけ――」
龍の加護――。
その特殊な恩恵を宿すことが出来る人間はごく限られている。
それすなわち――王族の血縁であること。
世界各国の王族は、その国を守護する龍神の特色を、加護という形でその身に顕現させることができるという。
もちろん、そんなのただのおとぎ話だ。
この世に龍などいないし、王族が加護を得るなんて……ただ王の威厳を保つために作り上げた創作だ。
……今までは、そう思っていた。
オージンさまは、金色に燃える瞳を輝かせて宣言する。
「とりわけ、俺の龍は……気性が荒い。残念だが、運が悪かったな。お前はここで死ぬ」
ライオネルおじさまへの死の宣告を……。
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