13:パン祭り。ところにより……

 翌日。


 朝早くにパン屋のおばさまが屋敷を訪れてきた。

 歯磨きの最中のお父様がまず応対して、私が身だしなみを整えている間にはもう帰られたのだけど、お父様はニコニコしながらおばさまが来た理由を教えてくれた。


「カリンちゃん、聞いてよ。なんだか今日さ、領民のみんなで集まって賑やかな事をするみたいだよ。『パン祭り』だってさ!」


 まあ、おばさまったら……!

 景気のいいことをしてくれるじゃない!


「あら、そうですか。下々の民がどのような催しをするのか、少しばかり興味がありますわね」


「うんうん、僕もヒャコちゃんと後で向かうから、カリンちゃんも楽しんでおいでよ~」


 ふふん。パン祭りね。

 ……ジャムを用意していかなきゃならないわね!




 祭りの開催はお昼からということで、せっかくなので朝食を摂らずにお腹を空かせてやってきた。


 相変わらず寂れた街ね。

 それでも今日ばかりは、幾分か、華やかに映る。

 家家には花が飾られ……といってもこの時期になればどこにでも咲くような雑草だけども、まあこうもたくさん集められれば、多少は見られる花になるようね。


 それに加えて、この匂い。

 なんておいしそうな……焼きたてのパンの香り!


「あっ、カリン様! おーい!」


 呼び声に振り向くと、もう子供たちは集まって私を待っていたようだ。手を振る彼らに歩み寄る。

 みんなヨダレを垂らして、今にも腹の虫の大合唱が聞こえてきそうなほどお腹ぺこぺこって感じね。

 大きくて目立つカントがなぜか見当たらないけど……まあいいわ。

 

「どうしたのよ。まだ食べてなかったの?」


 会場になるパン屋さんの店の前には、各々の家から引っ張り出してきたテーブルを並べて、そのテーブルたちの真ん中に、今ここにいる誰しもの念願のパンが鎮座してある。

 ほかほかで、とても香ばく、焼き色も素晴らしい。


 そんな一目見るだけで食欲がどうしようもなくそそられてしまうパンを目の前にしておいて、この食いしん坊の集まりは、されど一向にその手を伸ばすことは無かった。

 理由を聞けば……。


「当たり前ですよ! カリン様より早く口をつけるわけにはいきませんって!」


「そうっすよ! この『パン祭り』はカリン様のおかげで開催されたんですから! ぜひ最初のひと口を! さあさあ!」


「ふふっ、ちょっとちょっと。こら、押さないでよ。もう、わかった、わかったから!」


 今まで踏ん張ってはいたものの、やはり早くパンを食べたいという衝動は堪えきれないようで。

 私に早く食べろそして食べさせろとグイグイ詰め寄ってくる。


 大人たちも、まさか子供より先に手をつけるなんて親としてのプライドが許さないといったご様子でだれもパンを食べてはいなかったようで、そんな彼らの視線も痛かった。


 はいはい。わかりましたわ。

 そんなに食べて欲しいなら、いいわ。皆の羨む熱視線を全身に受けて、最高の優越感の中でいただこうじゃない!


 決意して、私はパンをその手に掴み取る。

 まだ熱いくらいほかほかだ。私だってこんな焼きたてのパンは、食べたことがないかもしれない。

 ゴクリ……。


 ……いただきます。

 口の中で、旨みがジュワッと弾けた。


「はふ……ふふっ。まあまあ、そうね……美味しいんじゃないかしら? はぐっ」


 味の感想を述べたところで、拍手が沸き起こった。

 そんなの知ったことかと即座に二口目にとりかかる。う~ん。小麦の甘みが口いっぱいに、ふわふわと広がりますわ!

 どう考えてもっ!

 美味しくてよ!


「さあ、みなさまもお食べなさい! 特にこの小麦で作った白パンなんて、あなたたちはあと今後一生食べられるかも分からないんですからね! 今後はおばさまに日々感謝しながら生きなさいっ!」


 それから堰を切ったように領民たちはパンにむらがっていった。

 焼きたての白パンに皆が目を見開き、その味に酔いしれた。子供たちも今まで自分たちが食べていた黒パンと比べてもその柔らかさと噛むほど強まる甘みに飛び跳ねるほどの大喜びだ。


 もうみんなが無我夢中。

 私はさっきからパン屋さんの調理場にこもりっきりのおばさまに挨拶に行くことにした。

 勝手にだけど、店のカウンターを超えて奥へと進む。かまどの熱を感じた頃……声が聞こえてきた。


「おばさん、こうっすか?」


「うん、そう! とっても上手よ、カントくん!」


「へへっ! あざっす! さ、どんどん手伝うから、なんでも言ってよ!」


「ごめんね、付き合わせちゃって。カントくんには後でめいっぱい、お礼をしなくちゃね!」


「え、あいや、そんな……これは、俺がしたくて、してることだから……」


 …………あらあら。

 ここで私が登場するのは、さすがに野暮ってものね。

 まったくカントったら、はりきっちゃって。


 


そんなこんなで、パンが出尽くした後もみんなのお祭り騒ぎは続いて、あっという間に空は暗くなって行った。

 そうなれば名残惜しくも、夜の冷え込みに誘われるように、皆の熱も冷めていく。

 領民はちらほらと我が家へ帰っていき、私もそろそろ……さすがに疲れたわね。


「……それじゃ、私は帰るわね。あなたたちも夜風の寒さに風邪をひく前に帰るようにね」


 残った者たちに手を振り、帰路へ着いた。

 そういえばお父様たち、結局街へはおりて来なかったわね。どうしたのかしら?


 その答えは、帰宅後すぐにわかった。


「ただいま帰りましたわ。お父様、お母様」


「ああ、カリン。ちょうどよかった。こっちへ来なさい」


 珍しく、お父様が凛々しい口調で私を呼ぶ。

 玄関を抜けてリビングへ向かうと、そこにはお父様と、ソファに座る二人組の男がいた。


 その顔立ちと格好から……明らかにこの国の者ではないことがわかった。

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