9:大盤振る舞い
我が家の愛馬ブラックサンダーの背中から見る景色は見晴らしが良くて気持ちいい。
かなりの気分屋であるこの子は、なかなかお父様以外に背中を預けることはないのだけれど、ようやく私のことも仕えるに相応しいご主人様であると認めたのかしら?
なにせあのお父様に、剣で不覚を取らせたのですからね。あの剣の達人であるお父様に……! ふふふ……!
それに私は今回の一件で、貴族の令嬢として大きく成長出来たのではないかと思う。不測の事態に対応して、キチンと目的を遂行できる機転と行動力が養われたような気がする。
……憧れのあの方に、また一歩近づきましたわ!
「お、カリン様! 居ました居ました! おばさん、店の前で掃除なんかしてらぁ」
お供として連れてきたカントが元気にそう言う。
もしもこのじゃじゃ馬……ブラックサンダーが私の言うことを聞かない場合に、しっかり縄を取って制御してもらう為に力持ちの彼を連れてきたのだけれど、それは余計な心配だったみたいね。
……ブラックサンダーはなぜかカントにたいして熱い視線を送っているような気がしないでもないけど。
もしかして、農地の臭いが好きなのかしら? まあ今はそんなことどうでもいいわね。
おばさま、これを見れば、きっと驚くことでしょう。
目をまん丸にするおばさまの表情を想像して、クスっと笑みが堪えきれずに漏れてしまった。いけないいけない。もっと「さもとうぜん」といった態度を取らなければ。
深呼吸を一回。
おちついて、いかにも平静を装い、おばさまに声をかける。
「おばさま! パン屋のおばさまー!」
「まあ、カリンお嬢様! 今日はお馬に乗られて、どちらへ?」
「もう到着したわ! それよりおばさま、こちらが何か、ご存じでして?」
おばさまの手を取って馬に引かせていた荷台の中身を見せびらかす。
そこにあるのは、二つの木箱だ。
普通の人ならば中身が何なのか、開けるまでは気付かないだろう。
だけどおばさまは、それを見た瞬間にすぐに気づいたようだ。
見た、というより、とても嗅ぎなれたにおいがしたのでしょうね。
「ああ……! これは、麦粉ですか!?」
「ええ、そうよ。それも片方は、おばさまの店でもめったに取り扱わない……真っ白な小麦粉でしてよっ!」
「香りですぐにわかりましたっ……! ああ、小麦粉がこんなに! 私がパンを作るようになってから触ってきた量よりも、ずっと多い……! ああ、とても芳醇な香りがします!」
おばさまはあまりの感動に涙を流していた。
そしていったん私から離れ、そして胸に手を当て膝をつく最敬礼で私に
「ありがとうございます、カリンお嬢様……私をはげますために、わざわざ麦粉をここまでお運びになられて下さるなんて、ワックマンの民としてとても誇りに思います。これほどの幸せはありません……」
「ふふん、そうでしょう!」
思った以上に喜んでくれたわね。気分がいいわ!
でもこれは別におばさまのためにやったことじゃない。これでまた子供たちをここへパシることができるようになった、私自身の為なのだ!
「さあ、それじゃあこれはどこに置きましょうか? カント、運びなさい」
「あいよ、カリン様!」
カントに指示を出して麦粉の詰まった箱を持ち上げさせる。
おお! すごいじゃない! 一気に二箱重ねて持ち上げてるわ! 大したバカ力ね。この調子じゃアレンドーおじさまみたいな熊さんになるのも時間の問題ね。
「おばさま、さあ倉庫はどこかしら? それともこのままお店の中へ? ……あら? おばさま?」
「………………ほぇ?」
荷の置き場所を訪ねた時だった。
なんだかおばさまは、突然私の質問の意味が分からなくなってしまったようで、目を点にして首を傾げだした。
「お、おばさま? おばさま!」
「はっ!?……あ、あの、カ、リン、様……? どうして麦粉を、私の店へ運ぼうと……? え? だってそれは、あれですよね? 私を勇気づけるために、お屋敷からお持ちになっただけで……? え? 持って帰るんですよね?」
不思議なことをいうおばさまだった。
なんで私がわざわざこんなに重い物を、しかもいうことを聞いてくれるかわからないブラックサンダーに乗ってまで、そんな無意味なことをしなくてはならないというの?
「そんなわけないじゃない。おばさま、これはあなたにあげるのよ。だからこれからもしっかりパンを焼いて営業を続けなさい!」
――バタン。
おばさまは突然、白目をむいて倒れてしまった。
「えっ! ええええ!? お、おばさま!? ど、どういうこと! おばさま! おばさまぁ!」
ゆすっても叩いてもピクリとも反応しない。
なんで、どうして!?
おばさま、もしかしてパン屋さんを営業できないから……本当は倒れてしまうほど、今日まで飲まず食わずだったっていうの!?
お金がないから!?
「カント! お医者さまを呼んできなさい! 早く!」
「わ、わ、わ、わかった! すぐ! すぐ、いく!」
なんてこと……!
そうだわ、心臓はちゃんと動いてる!? ああもう、貧相な体のくせにここは大きいんですのね!
大きくて邪魔なものを寄せて、胸に耳を当てる。
――静寂が襲い掛かる。
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