8:燃えよ剣

 何度も何度も斬りかかる。剣と剣とのぶつかり合いは、当たる角度とその強さによって様々な音色を響かせた。


「はぁ、はぁ……てやっ!」


 ゴン!


 振り下ろした剣を粗雑に払い除けられる。疲れも相まって踏ん張ることができずに、体が払われた方向に流れてしまう。

 そこへすかさずお父様の二の太刀――。


「ふんっ!」


「きゃあ!」


 がら空きの胴に背中から一刀両断!

 そんな光景が瞬時に脳裏をよぎって、私はたまらず声を上げた。


 もちろん実際にはそのような悲惨な結果とはならず、お父様のすさまじい掛け声と剣圧とは対照的に、軽く背中をトンと叩かれただけで済んだ。

 だけどなんだか、普段とは違う鬼気迫るお父様の勢いに圧倒されてしまって……さんざん体を動かして疲れて息も絶え絶えなのに、汗が冷たくて、凍るような寒気を感じずにはいられなかった。


「はっはっは! ……少し休もうか、カリンちゃん」


「ええ……そうしたいですわ」


 ばたりと仰向けに寝転んで呼吸を整える。

 お父様だってあれだけ動いたのに汗一つかかずに、鼻歌交じりでお茶を淹れに行ってしまった。うーん……私って、本当にあの方の血を継いでいるのかしら? まったく歯が立ちませんわ。


 空を見上げると日は傾きかけて、雲の流れるスピードが少し早い気がした。トンボが一匹、私と空の間を通り過ぎていった。

 こうしていればなんてことはない、平和な一日だと思う。


 でも実際は違う。

 貧しい暮らしの中で、さらに我慢を強いられている領民がいる。麦が高くてパンが焼けないおばさまがいる。毎日朝から晩まで農作業をして、それでも作った作物を自分で自由に食べることができないおじさまもいる。


 そして、そんな彼らがいるからこそ――!


 子供たちをパシることができない私がいるっ!


「カリンちゃーん。これ、ヒャコちゃんが大事に飲んでるちょっと甘~いお茶なんだけど、こっそり淹れてきちゃった。内緒で頂いちゃおう!」


「あらら。お母様はそういうの細かい人なんですから、絶対気づきますわよ?」


「大丈夫大丈夫、はっはっは!」


 非難しつつ腰を上げて、剣を鞘に戻しながらちゃっかり私もテラスのチェアーに腰を下ろして、湯気の立つお紅茶を頂くことにした。

 香りからもうほのかに甘くて、疲れた体が癒される。一口飲んで、その温かさに心の冷え込みもたちまち溶かされた。

 お父様の顔も、剣を持った時と比べればほんのり固さがとれたように感じる。少なくともその視線に冷たさはなくなった。




 ――今ならヤれる!


「お父様、これ……」


「ん? なんだいカリンちゃ――」


 カタカタと丸テーブルが揺れる。……いや揺れているのは、その上に載っているティーポット。お父様が淹れた熱々のお茶がまだそこにたんまりと残っていて――我が家は貧乏貴族なので、一杯分の茶葉でもこうしてなみなみにポットへ注いでおかわりの回数を増やしているのだ――そのお茶が振動しているのだ。


 これは水を操る――魔法!


「弾けなさい」


 パァン!


「うがっ!」


 ポットの中身が破裂して、蓋を押し上げてお父様に熱湯の飛沫を振りまいた!

 あわてて顔を覆うお父様……その手には何も持っておらず、腰の剣に手を伸ばすにしても――!


 いくらなんでも私のほうがはるかに速い!


「お父様! お覚悟!」


「う、うおおおおおお!?」


 今回の手合わせが始まった時のように、私はまったく同じ動作で、剣を抜き、そして切っ先をお父様に向けた。地面を踏み込み、腕をまっすぐ伸ばして、お父様の胸元を刺突する!




「――え?」


 音もなく――私の剣は折れた。

 不思議すぎて、その断面を見ていたら、ふと、お父様の顔がゆっくり近づいてきた。

 その目に炎を宿して、ひと睨みで獲物を殺してしまえるような猛獣の迫力だった。


 私の想定していた通り、お父様は剣を持っていなかった。

 でも剣を持っていなくとも、お父様はその身一つで、その拳でもって、私の渾身の刺突を見切って、叩き割ったのだった。


 悲鳴を上げる間もなくお父様はさらに私に組み付き――瞬間、天地がグルンとひっくり返る。投げられた。と自覚したのは、背中の鈍痛と、ぐわんぐわんと世界が回る感覚に酔ってからだった。


 あ、お父様……。

 私をのぞき込むその顔は、まあ……当然ながら、怒っている。


「カーリーンーちゃ~ん? これは、どういうことかな?」


「うふふ……どうもこうも、ちょっと、欲しいものがありまして、不意打ちをさせていただきましたわ」


 ふう、と一息。心臓がバクバクうるさい。呼吸も苦しいし、お父様が怖い。




 だけど――やった。


 お父様を指さす。

 その服装の胸部に空いた切れ込みの中心が、若干赤く染まっているのが見て取れた。


「おお……!」


 感嘆の声を上げるお父様。

 私はそんな敬愛なる方に、ニコリとほほ笑んで、おねだりしてみた。


「麦をくださいな、お父様。できれば粉にしたものを。……買うのが難しいのであれば、我が家の備蓄分を、とにかくありったけいただけると嬉しいです」


 お父様とマシラム様に因縁があろうとなかろうと……。

 ひとまずこれが、私にできる精一杯。

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