7:お父様の剣

 庭の芝生をぎゅっと踏みしめる。

 足元のコンディションは良好。ここ最近は晴れが続いていたから、強く踏み込んでも露で滑るなんて無様は晒さないだろう。


 腰ベルトの重みに、久しぶりに剣を携える違和感がまだ拭えない。

 いつもはもっと軽い木剣で稽古をしているものだから、鉄の剣と、それから鞘と、その二つの重量が左の腰にばかり掛かるもので、奇妙なアンバランスさを感じるのだ。


 お父様との稽古はいつも真剣で行われる。

 それも実践のような立ち合い形式で、いつも決まってお父様はこう言うのだ。


「僕にかすり傷一つでも付けれたら、欲しいものなんでも買ってあげるよ!」


 もちろんこれは貧乏男爵ジョークだ。笑えないのがたまにきず。

 そしてこの発言は決して私をまだ子供だからとか未熟だからと思っての発言ではなく、父は自身の剣の腕にかけては、絶対の信頼を寄せているが故の言葉だった。

 お父様はお酒に酔うと、たまにこんなことを私に話す。


「なかなか領地の経営がうまくいかなくて貧乏でもね。僕には剣があるから、今の立場をまだ失脚しないで済んでいるんだ。はっはっは! 逆に言えばそれがなくなれば領地をはく奪されちゃうんだけどね! だから万が一にも怪我や病気なんてできないせいで、領内で悪さをするモンスター退治もろくにできないのさ!」


 お父様……それは本末転倒と言うのです……。


 まあともかくお父様が剣の腕一つで爵位を手にした、なまなかではない武人だった。

 そんなお父様と真剣での手合わせは、本当に学ぶべきことが多くて刺激的だ。




 対面するお父様がにこりとほほ笑む。

 右手ですらりと剣を抜き放ち、左手をクイクイと「来なさい」のジェスチャー。

 負けじと私も剣を抜く。シュラリと鞘を走る刃の音色が、耳の奥でいつまでも鳴っている気がした。


 半身になって切っ先をお父様に向ける。

 ――いきますっ!


「はっ!」


 掛け声とともに駆ける。切っ先は伸ばしたまま、まっすぐにお父様の喉仏に飛んでいく。

 余裕しゃくしゃくの笑みを携え、父は私の切っ先に自身の剣を合わせた。


 まるで決められたルートをなぞるように、私の剣は、お父様の剣の刃を滑っていとも簡単に狙いを外されてしまった。


「それぃ!」


「あわ!」


――すかさず体ごと剣と一緒に流れてしまった私の隙をついて、お父様の剣が容赦なく降りかかる。


 コツン。



「あいたっ!」


 剣の腹で頭頂部を軽く小突かれた。……いや痛いですわ!

 いくら力加減をしても鉄の硬さは痛みを伴うっ!


「うふふ~。カリンちゃん、すごくいい踏み込みだったよ。さすが僕の娘だ! それに今回は滑って転んだりしなかったし、体幹もしっかりしてきたねぇ」


「もう! あ、あれは露で滑っただけだって言ったじゃありませんかっ!」


「はっはっは! そうだったそうだった! さ、まだまだいくよカリンちゃん!」


 なんだか今日は、いつにもましてニコニコの上機嫌なお父様だった。

 そういえば剣の稽古なんてここ最近まったくつけて下さらなかったのに、なぜ今日、急に言い出したのだろうか?


 ……と、とりあえず。

 考えるのは剣の稽古が終わってからにしましょうか……。別のことを考えてる暇がありませんわっ!

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